2006年07月23日(日)

YouTubeコラムをNIKKEI NETに寄稿して思ったことなど

NIKKEI NETで「コンテンツビジネスの真相」という連載コラムを始めました。

「YouTube」は敵か味方か(NIKKEI NET IT-PLUS)

第1回目はYouTube。大仰なタイトルが付いているのである程度気合いを入れて書かなければと思う面もあり、まぁいつもの感じでやっていこうか、と思う面もあり。

YouTubeに関しての現時点での思いは割とシンプル。「あーうまく行くかもしれないし、失敗する可能性もあるよねー」というもの。それこそ今は半々くらいじゃないかなーと。

このコラム書いたあとに俺のところに入ってきた情報としては、近いうちに(もしかしたらもうやっちゃったのかもしれないけど)日本の民放連が正式にYouTube側に割と大きめの「警告」を行う、というものがある。とくにワッチミー!TVとの絡みがあるフジテレビが相当いきり立っていらっしゃるようで、YouTubeの特集をやっている雑誌などに対して「お前らふざけんなよ」みたいな圧力をお偉いさんがかけ始めてるらしく、まぁやっぱり思った通り焦臭い方向に行きつつありますねぇというのが正直なところ。こういう状況なら、そりゃACCSさんもビジネスチャンスたくさんあるでしょうね。

こういうサービス語る上で難しいのは「良い」要素も「悪い」要素も両方絶対にあるってことだ。だから俺は常に「善悪論」じゃなく「必然論」で語るってのを基本スタンスにしている。

で、それと同時に思うのはこういうサービスで文句言うのって大体においてが「一次クリエイターじゃない」ってことなんだよね。俺もなんか適当な人材がいないせいか「ネット時代の消費者代表」みたいな立場だったり「ネットにくわしいITサービス・メディア評論家」みたいな立場で、いろいろなところに呼ばれて意見求められたりするわけど、そういう場に行って最近思うのが「よく考えたら俺も著述というジャンルの一次クリエイターなんだよなぁ」ということ。

あえて、ものすごく乱暴に断言してしまうけど、一次クリエイターにとっての幸せというのは「多くの人に創ったものを見てもらう」ということに尽きる。だから、別にそれがYouTubeだろうが、対価の発生しない“違法”なファイル交換ソフトだろうが、ブログへのコピペだろうが、図書館で無料で貸し出されようが、人格権(というか氏名表示権かな)が守られている限りは「基本的に」大歓迎だよ、ってのが多くのクリエイターの当然の意識だと思うのだ。それこそ8割〜9割のクリエイターはそうなんじゃないの? で、俺はクリエイティブ活動でメシを食ってるプロの一次クリエイターですら(悪質な海賊版とかを除く、要するに対価の伴わないコピーであれば)7割以上はそういう感覚を持っているんじゃないかと思っているよ(数字は一切根拠なし。俺の思いこみ!)。お、yomoyomoさんThanks!

それこそ政府主導の委員会とかには「物言うクリエイター」が呼ばれたりするわけだけど、彼らは現状決してクリエイター全体のベンチマークではない。サイレントである(しかし、恐らく数は多い)クリエイターがどのように思っているのか、ということは現実の政策決定プロセスには反映されない。それってやっぱおかしいと思うし、金かけてきちんと1万人くらいのクリエイターに聞き取り調査するとかそういうのがあってもいいんじゃないの? とも思う。

で、自分たちで素晴らしい作品の「0→1」クリエイティブに携われないけど、「1→10」で金儲けしたい既得権益の連中がYouTubeみたいな「1→10」を勝手に肩代わりしちゃうサービスに対して文句を付けてるってのが今の基本的な構図なわけで、俺はここに対してはずーーーーーーーっといびつなものを感じている。もちろん、コンテンツビジネスにおいては1→10の存在だって絶対に必要だろう。でもさぁそれって「0→1(と、0→1をクリエイターの一番近くで手助けするサポーター)」に比べればオルタナティブがたくさんある交換可能な存在でしかない、ってことも事実だと思うんだよ。

たとえばメジャーのレコード会社だって、最近はレコード制作費出さないで原盤権も持たずに「配給」しかやってないメジャーのレコード会社も増えてるわけだけど、それってさぁ君たち要するに単なる「CD焼き屋さん」でしかないんだよ、ということをどれだけ自覚してるのかという。単なるCD焼き屋風情が「我々の権利が侵害されて云々」とか偉そうに抜かして、はなから消費者犯罪者扱いしてCCCD出したり、いまだにCCCD諦めてなかったりするから腹が立つわけでね。

まぁでもクリエイターの意識が低すぎるのも問題だ。プロのクリエイターにとっての「権利」ってのは生命線でもあるわけなんだから、だからこそどうやって人に認知させてその先どういう商売につなげていくかってことを「プロ」ならちっとは考えなきゃいけないんだよ。それをいつまでも無能な連中に人任せにしてるから肝心の「届けたい人々」が見えなくなってしまうわけで、余計なとばっちりをクリエイターが受けてしまうという悪循環があるんだと俺は思う。

さるアーティストが自分のブログで著作権がらみのトラブルに触れた折、「はっきり言ってこれから、僕達はどう守られて行くのか不安でもあります」と発言したが、これは象徴的な発言だと思う。権利は人任せにして「守られる」ものじゃない。自分で「守って」いくべきものなんだよ。そして「権利を守る」というのは、自分で創ったコンテンツを「積極的に活用していく」ということも「守る」ことの1つに含まれる。このことについて一次クリエイターはもっと自覚的になるべきだし、本当に作品づくりのことしか考えられないピュアなクリエイターだったら、側にいる(清濁併せ持てて、ビジネスセンスもきちんとあって、しかも最終的には誠実な)人間がそういうクリエイターをきちんと「マネジメント」という形で「守って」あげる必要があるんだよ。

既得権益がYouTubeみたいなまったく文化の違う恐ろしいサービスに対して恐れおののいているのは、これまでは「参入障壁」と「大資本」という裏付けで高みの見物をしていられた状況をYouTube(的な「あちら側の」サービス)が一変させるかもしれない、ということを今更になって理解し始めたからだろう。だから、今後数年はこういうムダな抵抗は続くだろうけど、クリエイターと受け手側の意識が変われば、それはもう必然的に世の中は変わって行かざるを得ない。

だからいいんだよ。もしかしたらYouTubeは潰れるかもしれないし、ファイル交換ソフトでたくさん逮捕者が出ていくかもしれない。そういう状況になっても、クリエイターは作品を創って、どのような受け手にどうやって届けるのか、ということをシンプルに考えていけばいいし、受け手は受け手で自分が消費したいコンテンツを、(その時に)一番理にかなった方法で消費していけばいいのだ。

お金になるかどうかはそのあと考えればいいじゃんね。何のためにコンテンツを創るのか。何に突き動かされて表現をするのか。そこをもう一度自分の中で答えを出して一から始めていけばいいんじゃない? 今は「技術の進歩」がもたらした「チープ革命」と、インターネットでダイレクトに受け手と作り手がつながる「回路」があるという点で、明らかに昔と状況が違うわけでね。受け手が自分勝手でわがままなのはこれから先もどうせ変わらないんだし(俺だって受け手の立場になればそうだしね)、だったら作り手が変わっていくことでしか、世の中は変わっていかないよね。

ほんと一次クリエイターが偉そうにふるまう「二次」の連中を見返せるような状況が来た方が全体としてはおもしろいことになると思うんだけど、変わるにはやっぱ「時間」が必要なのかね。でもネットが普及した95年から散々こういう議論がされてきているにもかかわらず、状況はあんまり変わらんなーというのが正直な俺の感想であるわけだが、その一方でようやくそういう議論に「血と肉」が付きつつある、ということも感じるね。

だから、もっと既得権益の側にいらっしゃる方々はYouTube的なものをどんどん弾圧するといいと思うよ。その方がコントラストがはっきりして、こっちも闘いやすくなるわけだしね。

さてさて、そういう混沌とした状況になったときに、俺の立ち位置はどうしようかな?

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