2006年12月26日(火)

オリコン訴訟問題についてより深く考えるための参照テキスト

一応、前回と前々回のエントリで僕の立場、スタンスは表明したつもりです。よほど状況が大きく変化することがない限り、この問題に対して明確な「発言」をすることは当面の間控えようと思ってます。

で、ここからは僕の意見だけでなく、この問題に対して反応してくださったブログの中から個人的に興味深い、拝聴すべきだと思ったところをピックアップしました。特に興味深い意見の部分を抜粋しておりますが、当然前後の文脈によっても感じ方は異なると思われます。30分もあればリンク先の文章を含めても全部読めます。お時間がある方はすべてのブログにアクセスして、ぜひこの問題をより深く考えるきっかけにしていただければと思います。

歌舞伎・プロレス論(丸山茂雄の音楽予報)

今回のオリコンの訴訟は、「いかにオリコンチャートが公正であるか」、「チャートはガチンコだ」を「証明確認したい」ということのようですが、芸能界の本質は、そのような考え方と真反対にあると私は思っています。「オリコンチャートはオリコンが決めている」でどこが悪いのですか? それで「イイジャナイ」です。オリコンに私が期待するのは、こんなことではなくて、業界を「盛り上げる」ことなのです。そしてこれまでオリコンは、その役目を十二分に果たしているのではないですか。ですから、もっと自分のやっていることに自信を持っていただきたいと思うのです。


「オリコン」がジャーナリストの烏賀陽弘道さんに5000万円の損害賠償訴訟を起こす その2(ヒット曲が世界を変える)

論争点について、私は一方的にどちらかが間違っているとは認識していません。それはこれから、当事者間で明らかにすべきことです。

ただ、「調査方法を明らかにしていない」という点に関しては、私も明らかになっていないと思います。「オリコンの音楽ソフトチャートについて」というページに説明がありますが、データの集め方は書いてあっても、そこから「全国の週間売上推定数を算出したものです」というところに関して、説明は全く書いてありません。その「推定」の仕方がもっとも大事であるわけで、ある程度公開してもいいのではないか、と前から思っています。

米国のチャート誌『ビルボード』のサイトでは、どんなデータを使っているかもっと詳しい説明があるのに加え、チャートに関しての疑義を質問できるコーナーが設けてあり、それに対し誠意を持って回答されています。

ここまでしなくても方法はあったのではないか、それが私のどうしてもひっかかるところです。


オリコンから5000万円の損害賠償請求(wabisabiland pop diary)

オリコンのチャートの作成方法を判断する材料を持っているわけではないから、その当否についてぼくはどうこう言うつもりはない。オリコンのランキングが音楽業界にとってもファンにとっても目安のひとつとして機能してきたことを否定するつもりもない。

それに対する疑惑や批判があれば、情報産業に関わる当事者としてオリコンが行なうべきことは、明快な説明や行動を通じて信頼性を高めることであって、個人を攻撃することではない。世間ではこういうのをいじめと言うのではなかったか。

この裁判は、続ければ続けるほど、オリコンと、記事の俎上に上げられたジャニーズ事務所にとってはボディブローのようにきいてきて、致命的な重荷になるだろう。企業の盛衰は世のならいだから、両社が凋落するとすれば、それもまた運命といえばそれまでだが、この事件で音楽の夢がまた損なわれていくだろうと思うと残念でならない。


これはさすがにどうかと思うので(kato takao's weblog)

僕らは僕らが正しいと思うことならきちんと話し合って、お互いに理解しようと努めてきた。ただ闇雲に戦うのではなくて、僕らの考えを伝え、きちんと行動し、なるべくだれにも迷惑がかからないように大きなことをしようとしてきた。

力のある人たちが、自分達に反する人たちを訴訟して押し込めるなんていうことがまかり通ったら、僕らに生きていく場所はなくなる。こんなことは許されてはならないと僕は思う。

 僕はミュージシャンなので、業界についてのことは書かない。
 ミュージシャンなら誰でも持っているような不平や不満などは書かない。
 なぜならそれは、僕らの問題であって、世の中と共有できるような問題ではないからだ。

 だから、この件が事実なのかどうかはわからない。
 この件に関しての個人的な解釈などは書かない。

ただ一点、「企業が個人をこのような理由で訴訟する」という点に関しては断固として反対する。

なぜならこれは他人事ではないし、僕らが生まれながらにして持っていた遊び場が汚されていく気がするからだ。


オリコン問題について(newswave on line (personal edition))

3日前のエントリーにも書いた通り、20年ほど前には、レコード会社等による、チャート調査対象のレコード店への「チャート工作」と称した働きかけはありました。また調査した数字を集計しランキングという形で発表する過程で、なんらかの恣意的な操作があった可能性も、否定はできませんでした。

現在はどうなっているのか、巷間言われるような特定個人あるいは企業との癒着という実態があるのかどうかは、わかりません。ただ、そうした疑いを招きかねない体質あるいはイメージを、オリコンという会社が持っていることは確かで、しかもそれは音楽業界内部では半ば公然のコンセンサスのように語られている。そこを烏賀陽氏やサイゾーは衝いたのです。

つまりオリコンは「痛くもない腹」あるいは「痛い腹」をさぐられてしまった。その報復が、今回の訴訟であるというわけです。


(前回の続き)♪よ〜く考えよぉ〜 ブランド大事だよ〜(アーティスト・ブランディング アナリスト 井上秀二)

「オリコンチャート」についての様々な噂・憶測の類は、何年にも渡って私ごときの耳にも入ってきました。それらを「集約」してメディアで発信する「社会的影響力」のある烏賀陽さんを提訴すること、これが「最良」の「企業防衛」だとお考えでしたら、私は呆れて物が言えません。。。

「問題の根本」を解決する術って考えましたか? それに、

あなた達のほうが遥かに影響力のあるメディアなんですよ!

様々な噂・憶測の類というノイズの問題を何とかしたいのなら、音楽専門ライターではない(しかも音楽関係の書籍を刊行したり雑誌に執筆をはじめて、たかが数年の)烏賀陽さんを「見せしめ」的なターゲットにする行為こそ、長年の不断の努力によって成された社会的信用を失墜させてしまうことに他ならないでしょう。


嬉しかったのでいっぱい更新(境真良(実名登録)の  “とりあえず、前進!”)

5000万円という金額が多いかといえば、おそらく被害額としては高すぎるとは思えない。それを言論封殺というのはやや言い過ぎのように思います。たとえ「言葉」であっても、それくらいの影響は出る。単純に損害賠償をすればこんなものか、或いは訴訟当事者に言わせれば、これでもかなり小さく見積もっているという気持ちでいることでしょう。

ただ、訴訟法的な次元では、この5000万円という金額は厳しい。つまり、裁判着手金が個人ジャーナリストには自弁できないという問題があるわけです。結果的に、裁判に応ずることさえできないという問題が生じます。

問題はここに尽きると考えます。


悩まないで相談してね(la_causette)

今時この案件で着手金を200万円以上も請求する弁護士はそうそういないように思います。

弁護士会の報酬規定に効力があった時代ですら、名誉毀損訴訟で訴額どおりに着手金の算定をする弁護士は少なかったし(名誉毀損訴訟の場合の請求額というのは、原告=被害者の思いが込められているので、予想される慰謝料相場よりは高目に設定されがちです。)、まして今は弁護士会の報酬規定は廃止されています。それに、最近は、訴訟事件でも、タイムチャージで動く弁護士も増えています。


オリコンvs.烏賀陽弘道(Matimulog)

武富士の場合は、故意に、正しく言論封殺を意図して、提訴したのだろうが、名誉毀損訴訟はすべからくそのような性質を共通して持っているものだ。つまり、言論による攻撃に対して、言論による反論ではなく法的手段による、司法権力を通じた反撃を加えるものだから。

加えて、名誉毀損訴訟は通常の訴訟よりも被告に負担が重い。社会的評価の低下を原告が主張立証すれば、被告は公共性・公益目的・真実性・相当性を主張立証しなければならないから。 

さらに、損害額を高く設定されれば、それに応じた弁護士費用がかかることも事実だ。もっともこの点は小倉弁護士なら旧基準通りの着手金を要求しないということなのだが、いずれにしても日常的な金銭感覚からすれば高額な着手金が必要であることは間違いない。

しかしながら、言論により他者に批判を加える活動をする以上、これに対する司法を通じた反撃があり得ることは覚悟しておくべきである。


オリコンvs烏賀陽弘道氏で、あえて烏賀陽弘道氏を批判してみる。あとヒットチャートについて(愛・蔵太の少し調べて書く日記)

まず、烏賀陽さんの行動は、初動で次のような判断ミスがあったとぼくには感じられました。

1・自分に同情的になるであろう知り合いで、今回の事件とは無関係な「ネット上で多大な影響力のある人間」(「音楽配信メモ」の津田大介さん)を通して自分の主張(客観的にその主張を正しいと判断できるような材料に欠ける主張)を流すことにより、「被害者である自分(烏賀陽弘道)」「ひどいことをする相手(オリコン)」という情報を、一方的に複数の人間を通して流そうとした(事実それには成功している)。

2・事情説明をするにあたって、「オリコン」側が今回の件に関して「声明」的なものを出すまで、裏事情その他を示さなかった。

要するに、「情報操作をしようとしていた」というのがぼく自身にとって烏賀陽さんの行動に信用が置けない・疑問を感じる要素があったのでした。


烏賀陽弘道さんに対するオリコンの5000万円は「高額訴訟」なのか(愛・蔵太の少し調べて書く日記)

ネットやマスコミの「表現の自由」的に考えると、「オリコンのチャートは信用できない。俺がいいと思った曲が入ってないからだ」というのは多分オーケーですが、「オリコンのチャートは信用できない。情報操作されているからだ」は、その「情報操作」の具体的な事実が提示・証明されていないと、多分アウトだと思います。

ぼくが見た限りでは、「レコード会社」によるチャートの操作に関しては、「過去にはあった」という(確認が難しい)複数証言があるんですが、「オリコン」によるそのような操作は確認できませんでした。「オリコンは被害者である」という烏賀陽弘道さんの主張はある種正しいようにぼくには思えたので*2、烏賀陽弘道さんは、今後ぼくとしては「自分はオリコンに訴えられた被害者である」という主張を続けるよりは、「オリコンは被害者である」という主張を、もっとはっきり、バカにも分かるように言い続けるほうが、業界的にはいい感じに話が流れそうな気がします。


オリコンが何故か記事の出版元じゃなく記事内のインタビュー受けたライターに5000万の損害賠償を求める訴訟を起こした件について(NC-15)

で、今回の裁判のポイントは以下のポイントが決め手となるだろう。

・烏賀陽氏が、自分の記事・発言を裏付けるソースを法廷の場で提出できるか。

 表現上で、極端にどぎついところはない(つーか、探偵ファイルの方が過激)ので、表現よりも事実誤認のあるなしが決めてとなるかも。

・最高裁で判例が出ちまってるのがきついが、訴訟そのものが正当かどうかの認定

 武富士裁判は、高額訴訟の不当性が明らかになって地裁敗訴になったが、最高裁判例でお墨付き与えてる以上、「どこに文責があるか」と、「出版社じゃなく個人を訴えた正当性」が争点となる。

 文責の観点では、少なくともサイゾーの記事に対しては、訴えたことは不当だろう。


ではご期待にお答えして… (子供騙しの猿仕事日記)

最後に私個人のオリコンチャートに対する考えを披露しておくと、順位を操作される余地は充分にあると思うし、実際ある程度は操作があるのだろう。ただそれを操作しているのはオリコンそのものではなく、レコード会社やアーティストの所属事務所、或いは代理店などの意向だろう。そうした思惑が働く背景にはオリコンチャートが権威として存在する必要があり、こんなことが話題になるうちはそれが認められているということになるのではないか。


オリンコンVS烏賀陽弘道 上場企業のビヘイビアとしてどうよ?(魁!清谷防衛経済研究所 ブログ分室/ウェブリブログ)

一般論として、書き手にだけに対象を絞って訴訟を起こし天文学的な賠償金を要求する。これによって自社に対するネガティブな意見を封殺する。こういう戦法が普遍化すればそれは言論に弾圧につながります。少なくとも上場企業がこのような大人気ない、「違法でなければ何をやってもいい」、あるいは社会常識に照らし合わせてどうかという訴訟を起こすのは如何かと思います。
 
このような戦術は無論違法行為ではありません。戦術的には極めて有効でしょう。ですが戦略的に考えた場合、これは高圧的な会社であるというイメージをまき散らすことになり、かえって企業イメージを落とす可能性もあります。


「オリコン」の烏賀陽氏への提訴について(SiteBites Blog)

先に述べたように、手続き上は問題ない。しかし、そもそも先のオリコンの担当者の発言がオリコンの公式見解だとしたら、 賠償金をかちとる意図がないのに、訴状にその旨を記載するならその時点で民事訴訟法の乱用とみなされるべきではないか 、と思う。

また、本来ならば当事者同志の話合いによって解決するのが最善だという考えが民事の係争の解決ポリシーの根底にあるはずだ 。ならば、損害賠償が目的であったとしても、事実誤認の情報に対して公式な訂正や謝罪を求めるにしても、最初は当事者同志の示談で、それが紛糾したならば、つぎは調停、それでもダメなら提訴という筋で話をすすめるのが本来は妥当だろう。


オリコンが烏賀陽さん個人に対して、5000万円の損害賠償訴訟(深夜のシマネコBlog)

烏賀陽さんとは、読書会で直接お会いしたことがあります。

いかにも音楽が好きそうな雰囲気で、とても紳士的で、決して的を外さない話をしてくれる人だったことを覚えています。こっちがあやふやな質問をしても、質問の意図を読みとり、的を外さないように返答するってのは、結構難しいんですよ。

その時にちょうどこの辺の話もしました。烏賀陽さんは「オリコンとPOSデータの違いはあるけれども、最終的にはおおよそ同じような値に収束する」と言っていました。けっして「オリコンのデータはいいかげんだ」などとは言っていませんでしたよ。


都合の悪い記事を書いたジャーナリストを潰すには…オリコンの訴訟からIT業界を考える(横山哲也の100年Windows)

繰り返すが編集部でも出版社でもなく,電話取材の相手というのが恐ろしい。たとえば,私は過去に日経BP社の取材を何度か受けている。日経BP社は,新聞社系の常として,取材記事の校正は見せてもらえない。どんな記事になるか発売日まで分からないのである。これで訴えられてはかなわない。


協力店の店頭で買われさえすればよいのであって(演歌記者・咆哮堂の仕事日記)

演歌のCD・カセットについては、あまり売上の実態が十分に反映されてはいないのかも。(+_+)

「これだけ売れているのにチャートに反映されない」という声を時々聞きますし…。キャンペーンやコンサートの即売で局地的に売れる枚数が売上の多くを占める演歌は集計されづらい、とどこかで読んだことがあります。

同じCDでありながら、おそらく、ポップスとはまったく違った商品であるかのごとき売られ方・買われ方をするものなのです。


「オリコン」訴訟の続報!(シャ ノワール カフェ 別館あるいは黒猫房主の寄り道)

民訴および名誉毀損の訴えは誰にも対等に保証された権利だから、その訴訟する権利は法理的・形式的にも阻害できないだろう。それから名誉毀損の構成要件は名誉毀損された事実の有無には無関係だ。但し「結果的に誰かの悪口になってしまっていたとしても、「真実を広く世の中に伝える」ことも大切である。だから、230条の2がある。内容が公共の利害に関することである場合は、結果として誰かの評判を落とすことになっても、それを知ることの利益を確保しましょう、ということである」(http://www.i-foe.org/civil_suit/index.htmlより)だそうだから、その辺(公益)を踏まえた「事実誤認」が論争ポイントになるようだ。


メディアの化けの皮を剥ぐタブーを犯すと追い込まれる(novtan別館)

メディアはすでに広告に支配されている。そして自らの力がウェブの力に押され、弱くなっていることを自覚している。事実に対して手心を加えないウェブという力が事実を操作することで広告を得てきたメディアを意図的でないにしても潰そうとしている。しかし、もしそれが真実だとしたら自業自得というほかはない。

ともかく、このような訴訟で個人を追い込もうという戦術は局地的には有効かもしれない。しかし、その過程で事実を暴かれたとき、あるいは自らの手で今までの虚構に止めを刺すことになるかもしれない。この訴訟にオリコンが勝利するようなことがあれば、ものの言えない世界の到来となる。


ネット業界の皆様的「オリコン vs ジャーナリストの見所」(今日のニッパウ)

ほんとに不謹慎な話ですが、この話を読んだ時に反射的に、もしもこの訴訟が烏賀陽氏の勝利に終わると、「CGMってすごい」をあらわす事例のひとつになるなと思ってしまいました。

この訴訟、ブログ界隈でオリコンの強引さが指摘されてはいるものの、


「本人が情熱をもってインフルエンサーに働きかけ」
 ↓
「それを取り上げた人がブログに書き」
 ↓
「そこからソーシャルメディアに伝播し」
 ↓
「ソーシャルメディア経由でニュースサイトが取り上げる」

という、完全なインフルエンサーマーケティングの成功例ロードを歩いています。この先までいった場合、

「追加のストーリーをデジタルメディアが取り上げ続け、」
 ↓
「ついには週刊誌・雑誌に飛び火し」
 ↓
「TVに露出する」

というのが最高系。

既得権益層 vs 市民

ものすごーく不透明な既得権益層の主張

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あなたにも被害がいくのかも!

等々、ネタにしやすい要素満載なので、行く可能性はあると思います。

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