2007年03月06日(火)

「Rimo」への違和感について考えてみた

はてな、人気の動画を抽出・再生するサービス「Rimo」公開--Wiiにも対応(CNET Japan)
はてな、シンプルな操作でYouTubeの人気動画を自動再生できる「Rimo」(INTERNET Watch)

関係各所で話題を集めているはてなの新サービス「Rimo」。最初見たときはとにかくシンプルでわかりやすいし、はてなブックマークに動画そのものをEmbedする対応をした流れなどを見ていたので、「なるほどはてなっぽいサービス」とは思った。リモコンでわかりやすく何も考えずに人気の動画だけを見られるところや、常時接続で利用するといろいろ便利なサービスが受けられるWiiにいちはやく対応したところも含めて、よく考えられているサービスだとも思った。

でもなー。なんか最初からこのサービスに対して違和感というか気持ち悪さがあったのだ。それを言語化するのは難しいなーと思ったのだけれど、いろいろ考えていたら何となくその「気持ち悪さ」の正体がつかめてきたので、恐らく完全にはまとまらない個人的な感情ベースの文章になるのだけれど、エントリとして記しておこうと思う。

さて、Rimoだが、俺が気持ち悪く思ってしまうのはこのサービスが「コンテンツ」の方を向いておらず、ひたすらユーザーの方しか向いていない、というところなのだと思う。それはどういうことか? まず、(誰もがわかっているだろうが)一応無粋なツッコミを入れておくと、Rimoで流れている「コンテンツ」は、現状すべてYouTubeに上げられているもので、それに対してはてな側で独自のフィルター処理を行い、表示させているに過ぎない。当然のことながらはてなはコストをかけて流れる「番組」を作っているわけではないし、それをストリーミングするための莫大なサーバー代を負担しているわけでもない。

YouTubeは少なくとも自分のところで莫大なストリーミングコストと、訴訟リスクを抱えつつも、動画というコンテンツを使った新しいメディアの形を提示した。また、数は圧倒的に少ないながらも、著作権的に問題のない「自作」動画もアップされているし、市井のクリエイターがYouTubeに上げた動画をきっかけにして、プロのクリエイターになる、というサクセス(何をサクセスと取るかは人それぞれだろうが、プロを目指す人にとっては1つの成功とはいえる)ストーリーも描けるし、そもそもはそういうことを意図したサービスだ。コンテンツが流れることによる単なるプロモーション効果だけでなく、新しいコンテンツが創出される「回路」を内蔵しているということは俺は重要だと思う。

ニコニコ動画もYouTubeへのただ乗りサービスではあったが、動画に字幕をリアルタイムで入れることによって、そこにクリエイティビティが内包され、本来の動画とは異なる新たなコンテンツが生まれた。著作権法的には同一性保持権の問題はあるにせよ、ニコニコ動画からまったく新しい類のコンテンツ(この場合、合法/違法であることは問わない)が生まれる「可能性」があった。

myspaceにしても、サービス開始当初は音楽著作権侵害の温床ではありつつも、アーティストとリスナーをダイレクトにSNSという形で結びつけることにより、新たなメディアの形を提示したことは事実だ。そして、彼らはコンテンツにただ乗りすることはせず、無料ライブの開催をはじめ、非常に多額の「アーティスト支援」を行っている。音楽(コンテンツ)がキーになるとを十分理解したうえで、それに対する「貢献」をすることの重要性を理解していると俺は思う。

で、Rimoだ。

ざっくりと言ってしまえば、Rimoにはそういうコンテンツへの理解と「コンテンツが生まれる環境をサポートする」という気概が感じられないのだ。「なんかおもしろそうだからやっちゃいましたー」的な無邪気さで押し切っていて、しかもリスクやコストもほとんど引き受けてないという「姿勢」に俺は強烈な違和感を感じている、ということなのだと思う。

要するに「Rimoのサービスをきっかけにして新しいコンテンツが生まれる」「コンテンツを作るクリエイターたちにとって明確に利益になる」要素が限りなく感じられないことに対してなんかイヤだなと思っているわけである。俺は。たぶん。

英語がよくわからない上に適当なことをいうけど、Rimoは「おもしろい」サービスではあるけど、「funny」ではあるけど「interesting」ではない、みたいな感じ?

まぁ規模からみたらそもそもはてなという会社はそんなに大きい会社じゃないし、過剰な期待をしてもしょうがないのかもしれないけど、デジタルな価値観を持つギークがアナログなコンテンツクリエイターの気持ちとか感情とかわからずリリースしたらこうなった、という構図がそこに見て取れる。ただ、俺は松本零士先生のように「クリエイターの気持ちを考えろ」とか、「ただ乗りはよくないよね」とかそういうことを言いたい訳じゃない。何が言いたいのかというと、ネットサービスを作る側が「コンテンツ」をキーにしてサービスを展開するのなら、何らかのコンテンツへの「貢献」意識なり、新しいコンテンツを生み出すような「仕組み」を入れなきゃダメなんじゃないかということ。「一緒にこれ使っておもしろいことやろうぜ!」というところでサービス提供側とコンテンツ提供側が組めなきゃおもしろいことはできない、というシンプルな話だと思うのですよ。別の言葉で言い換えればはてなはコンテンツに関する「当事者意識」がなさ過ぎるんじゃないの? という話かな。別に100%の当事者意識を持つ必要はないけど、リスクもコストも引き受けるつもりがないお坊ちゃん企業に付き合ってあげるほど、コンテンツ創造側の人たちは甘くないというか、余裕もないだろうという。だから俺がRimoをやる立場だったとしたら、「デジタル音楽の行方」に書いてあった「ある仕組み」を強制的に内包させた上で、対等な立場でできる交渉をコンテンツ側としただろうなー、とは思う。俺は単にコンテンツがたくさん流れるようになりゃいいという話でもないと思ってるしね。だからどっちつかずの中途半端な立ち位置でもがいてる。

はてなという企業にはとても期待してるし、好きか嫌いかでいえば間違いなく好きな企業なんだけど(はてな村の人たちはおしなべてアレだと思うけどね! まぁあれだ。「アーティスト本人や曲は好きだけど、ファンが嫌い」みたいな心理に近いかも)、Rimoに関してはIT系特有の「アナログの人たちへの配慮が足りない感じ」が悪い方向に出ちゃってるのではないかと思うねぇ。余計なお世話ですかそうですか。とまぁそんな感じで、このエントリ自体公開するかどうか迷ったんだけど、公開することにします。

もちろん、Rimoが新しいコンテンツや才能が出てくるおもしろい場所になれば無問題(ただ、そういう機構を内包してからリリースすべきだったとは思うけどね)。期待してますよ!

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