2009年03月12日(木)

デジタル・コンテンツ利用促進協議会シンポジウムパネルディスカッション詳細

本日開催されたデジタル・コンテンツ利用促進協議会のシンポジウムに参加してきました。

パネルディスカッションの参加者は中山信弘氏(東京大学名誉教授・弁護士)、菅原瑞夫氏(日本音楽著作権協会常務理事)、和田洋一氏(株式会社スクウェア・エニックス代表取締役会長)、金正勲氏(慶應義塾大学デジタルメディアコンテンツ統合研究機構准教授)。モデレーターは岩倉正和氏(弁護士)。

以下はパネルディスカッションにおける各パネリストの発言要旨。発言内容をリアルタイムに要旨をつかみつつタイプしていったので、ところどころ抜けがあります。内容の正確性についてもニュアンスを伝えきれない部分もあると思います。メモ書きなので、ところどころ日本語怪しい部分もありますがそこはご容赦いただければ。あくまでシンポで話された内容を大まかに理解するための参考資料として読んでください。

岩倉「まず最初の論点。デジタル・コンテンツの利用流通に関する現状とその改善の必要性、一定のコンテンツについて、インターネット上における利用に関する権利を一定のものに集約する法制度や、契約による処理を促進する法制度の導入についておうかがいしたい」

中山「著作権法にどっぷり使ってる人間は、著作権法の枠組みから出られない。現行著作権法からしか考えられない。しかし、大きい目で権利というものはいかなるものなのか、ということを考える必要がある。権利が重畳的に存在している。輻輳した関係を清算したのが近代社会。著作権はどうか。中世の土地的な雰囲気がある。一人の権利の上に大勢の人の権利が重畳的に付着している。重畳的に存在している権利は離脱できない。それが流通にとって阻害要因になっている。現在の著作権法ができた時代はデジタルがなかった。デジタルの発展によって、1つのものの上に多くの権利者が乗っかってくる。大勢の人が利用し、利用したものに基づいて新たな創作が行われる。これを解消する必要性はみんな感じている。問題はどう解決すればいいのか、という方法論だけの話。契約でうまくいけば誰も文句はいわない。じゃあうまくいってるのか。いってない。日本は世界と比べてコンテンツビジネスの存在感は低い。流通しなければ利益も上がってこない。そうしたら権利者に還元する利益もなくなる」

和田「私はコンテンツを創作し、供給する、それをビジネスとしてやっている者として今日はディスカッションに参加する。著作権は出てきた当時想定してないことが起きている。産業的に作る著作物を想定していない。産業ができたから、法律をその都度あわせてきた。コンテンツ産業は、業界ごとにルールが違う。それにパッチを当てる形で著作権法も変わった。ネットワークやデジタルで、そうした前提もドラスティックに変わった。例えばネットがあるが、デジタルでネットで流通するというのは単にディストリビュートチャンネルが1つ増えたということではない。流通の仕組み自体、何を売ってビジネスにするのかという前提が変わってくる。業界の慣習の中でうまくいっていたものが変わってしまうというと、誰と誰が会話すればいいか、ということが非常に難しい。新しいビジネスを始めるときは、まずはその会話の場を設定する必要がある。場が長い間の歴史をへて着地するのは、時間がかかりすぎる。であれば、制度から変えなければならない。デジタルのフォーマットは、コンテンツの中身を分解して、それを新たな創作を生み出す種にできる。慎重な議論は必要だが、今までの著作権のありかた、それを根底から揺るがすデジタルを真正面から向き合うべき。ゲームは特殊。歴史が若いので会社ですべての権利を持っている。ゲームの要素を取り出してほかの二時創作をするというのは、上の判断で簡単にできる。ほかのコンテンツ業界は確かに難しいところはあるかもしれない」

金「今回は本音ベースで話します。まずは政策決定プロセスの問題。従来の利害を大事にするやり方。今回は明確な政策目的をもって、具体案を出したという動きが出たというのは内容はともかく、いいこと。ただ、具体的な方法論は違うんじゃないかと思うところもある。まず、権利を集約する必要があるか。集約する必要はあると思うが、集約する先と、集約するやり方に疑問がある。コンテンツは放送にしても音楽にしても複数の権利者が存在している。それぞれの権利者が拒否権もってるので、アンチコモンズの悲劇がおきる。権利処理に関する取引費用が非常に大きい。一部拒否するとホールドアップ問題が起きる。著作権者不明の場合に処理できず、流通できないということがある。解決策は、3つある。強制許諾的な政府が関与するやりかた。2つは市場に任せて契約ベースにする。3つはjasracのように集合的なアクションを起こす。強制許諾よりも、集合的なアクションが効率的。映像コンテンツ分野においてJASRACのようなものを作り出して、それによって全体の取引費用を削減できるか、ということが重要になってくる」

菅原「現状という話でいえば、権利者コンテンツホルダーそれぞれ努力してる。NHKオンデマンドどれくらい加入してる?(2名)。これが今の現実。今回の案は強制している印象を否めない。そこまでの必要性合理性緊急性があるのか、ということは議論したい。モアベターというところで、コンテンツ流通が活発化することに対しては否定する人はいないだろう。和田さんの新しいものの場の設定というところは同意する。だが、なぜ強制するのかというところが疑問。新しいネットやデジタルのビジネスを考えたときに何がまず必要な要素なのか。1つは市場性が示されてない。コンテンツホルダーがやりたいと思えば状況は動く。テレビでいえばDVDから衛星放送であるとか、そういうものはそれぞれのビジネススキームの中でウィンドウが切られて動いている。新しい世界としてのデジタルネットワーク、それが従前のウィンドウとどういう関係なのか。補完なのか置き換わるものなのか。そういうことを議論することが一番最初に必要。そこで儲かるのならこういう議論にならないし、コンテンツホルダーも参入する。権利者もスキームが見えないからノーだというのは、進まない。12月のNHK、フジテレビの動画配信は始まった。それなりにうまくいってるところと、そうでないところもあるが、トライアルはうまくいってもらいたい。現状をモアベターにするという趣旨は理解できるが強制収容モデルはどうかと思う」

和田「必要性緊急性というところはおっしゃるとおり。ゲーム会社はIDを全部持っている。ビジネスが創造できないのは我々の能力の話だが、ゲーム会社ではオンラインゲームという新しいサービスも生まれている。その中でアイテムを販売するといったことも起きている。パラメータを販売するなんてこともやっている。従前のコンテンツだけで商売しているわけじゃなく、あるコンテンツを要素分解、アンバンドルすることで、新しいコンテンツが生まれている。ここにいろいろな権利者が関わっていると、権利処理が発狂するくらい大変になりそう。ゲーム会社は権利を全部持っているのでそこを考えなくて済む。有機的に1つになっているものをアンバンドルして売ることでコンテンツが生まれるし、可能性が見える。何らかの手当をしなければいけない。どういう手当をするのかはきちんとした議論しなきゃいけない。議論の土台がどういうものに発展するかわからないけど、その可能性を広げよう、ということでやっている」

金「緊急性必要性は利害関係者によって見方がかわるのは当然。市場や技術の動きが激しい。何かの政策手段を実行していくときに謙虚にならなきゃいけない。市場での相互作用を信じて、政策はあくまでうながすにとどまった方がいい。政府が何かを強制させるのではなく、政府が何かを促すということが限界じゃないか。今回の案の図を見ると、法定事業者が多数ある。取引費用を下げるためのものが今回の案。しかし、法定事業者が複数あると、取引費用を下げられない。権利の集約ができたが、活用ができないという最悪の事態になる可能性がある。なんでネットに放送局が出ないのか。まずはコスト的に割に合わない。放送局はネット配信はチャンスだけじゃなく、収益源に対する驚異でもある。放送局はネット配信しなくても生きていける。JASRACはライセンスをしなきゃ組織が成り立たない。この分野における利権を作り出さなきゃ、参加してこない。初期の数年間はそこに排他性を持たせる。がんばれば収益が得られるという利権を作れば、参加するモチベーション。法定事業者はいらないだろう。そのかわり映像版JASRACを作ればいい。そういった組織を政策側が作り上げていくか、ということが重要」

岩倉「こういう新しいものは映像だけ? ほかのコンテンツは?」

金「映像コンテンツだけに限って考えるべきだと思う。映画は業界が自主的に問題を解決している。音楽はJASRACがあって取引費用を下げている。そこに政策が介入する余地はない。放送だけが難しい。過去の放送とこれからは分けて考える。今後のやつは契約スキームでやればいい。過去の番組は今更できない。しかしネットで過去の番組見られないのは国民がかわいそう。放送の公共性から考えて、二次的な利用に対して過去の番組配信に対する権利制限を考えるのは合理性がある」

中山「つい最近、著作権法改正問題がある。文化庁に限らず日本の役所は画期的な改正はできないだろうと思ってる。長年主査やってきて、抜本的な改革は難しいと思う。役所は利害調整の役割を持っているから。役所の体質の問題。世の中が劇的に変わっていたら、議員立法でやろうというのは当然のなりゆき。議員立法すると役所や内閣府に影響を与えてくる。革新的なことは議員立法で考える意味はある。強制収容的な部分のところ、強制収容より、現権利者の総意をどうとりまとめたらいいのか、ということを考えている。著作権は重畳的な権利が重なっているので、権利者の意志をまとめるためのシステムになってる。金先生は法定事業者いらないんじゃないかというが、権利者が10人いるときにどうするのか。そこのところはあまりコストはかからないんじゃないか。NHKオンデマンドはうまくいってないというのはその通り。ただ、著作権法が1つのネックになっているのは間違いないだろうと私は思ってる。放送局も従来はこんなことやらなくても食っていけた。だが、広告収入は減ってきて、回復することはないだろう。そうなったら、不動産を売るということもあるが、過去のコンテンツを売っていくというところが得意だ。著作権法を変えれば流通する、ということはないが、足かせを外してあげることで動く部分は動いていくのではないか」

岩倉「次の論点。利用に関する権利を誰にどのような要件で集約するか、その場合に権利を集約された者が負う義務をどのようにするか。応諾義務をどう考えるか」

金「ホールドアップへの対応は話し合って決めればいい。強制的ではなく自発的な形で権利を預ける。法定事業者に還元能力があるかというのが条件になっているが、そういう法定事業者にモチベーションがあるか、というところが疑問。ホールドアップには期限付きの応諾義務を課すという形いいのじゃないか」

和田「法定事業者を法定にするかはおいといて、1つのものに集中しないと意味がない。どのように集中させるか。集中した結果どう活用するかというのは違う問題。前者はビジネスとしてどうするか。多数決かどうかはともかく、何らかの手段で決めなきゃいけないことは決める、というような着地させる条件を決めた方がいいと思う。納得性をどう担保するか。報酬分配を決めているわけだから、同じやり方でできるのではないか。配慮は必要だが、決めることを決めることに意味がある。応諾義務については個人的にはネガティブ。ビジネスでやっているので、いかに自分の持ってるコンテンツで儲けるかというところ。著作権のコンテンツに限って応諾義務がおきるのはおかしい。再活用はほかの方法でもできるんじゃないか。応諾義務課して一律の機構があると硬直的になるんじゃないか。新しいビジネスを起こそうとしているのに隘路に入ってしまうのでは。何らかの法定事業者に権利は集中させるべき。どのように集中させるかは、ホールドアップ問題を避けるような仕組みは必要」

菅原「大きな概念として集中した方がいいのはその通り。そのときに1か0かみたいな議論はやめた方がいい。売れ筋と思ったコンテンツがあったら、囲い込みをする。高く売れるウィンドウでしか売らないだろう。そこに応諾義務課すのはどうなの。集中化したときに、情報の集中と許諾の集中は違う。そのあたりどのような機能持たせるか。情報の集中だけではお金はうまれない。ビジネスでは持たない。非営利型の仕組みも考えるべき。CDCを作ったが、今後を考える上で1つの参考になるのでは。映画、放送、ゲーム、それらを一元化したいというニーズがホルダーにあればやればいい。管理事業者そこのスキーム持っているので、一元的に管理するならそのスキームを活用すればいいと思う」

中山「この問題を考える上で難しいのは業界ごとにビジネススキームと慣行が違って一律に論じられない。応諾義務にしても、誰も使ったらいいよというのは難しい分野もある。いろいろな分野を検討して精査する必要があるだろう。法定事業者をどうするか。放送局、レコード会社、映画会社。これからは新しい時代の流れを感じ取って新しい企業が法定事業者になっていけばいい。最近のGoogleはブック検索で世界的なレベルで良くも悪くもデファクトのルールを勝手に作っている。情報はいかに管理するか、いかに使わせるかということを議論していかなきゃいけない。厳しくやり過ぎると日本は世界から遅れてしまう。それは権利者にとっても不幸な事態を招くのではないか」

岩倉「次の論点。対象コンテンツの権利情報の明確化やコンテンツ・ライセンス事業者の法定など、対象コンテンツを利用しやすくするための方策について」

菅原「JASRACの現場。データ化したのは1950年。その頃からデジタルデータにした。何が必要か。コンテンツの元となるデータをいかに整理するか。コンピュータ処理というときは何らかのIDを用いた方が便利になる。idについてはそれぞれの権利者が持っている。IDが相互接続するときには共通化させる仕組みが必要。コンテンツの特定ができることが重要だ。元のデータの構築。音楽にしても昔からデータ化してる。映像のコンテンツホルダーで共有化に向けたデータ構築できるかというとなかなか進んでいない。データ作りは一切儲けを生まない作業。それは国が支援するというのも1アイデア」

金「著作権管理ビジネスの要素は、権利の収集管理、権利の活用、収益を徴収、収益を分配という4つ。この4つのうち収集管理するだけじゃやる側にインセンティブがない。なぜここまでJASRACがお金かけてやってるか。3つ目と4つ目があるから。いろいろな国が収集管理をやっているが、どこもうまくいってない。プレーヤー自身のインセンティブを把握して、それを補完的に設計するかというのがポイントだろう」

和田「取引を活発化させるには誰が権利持っているのかわからないと意味がない。信頼性とコストが必要。信頼性をどのように確保するか。初期の段階では立ち上げが民間だけでは困難な事業。制度設計のために必須なインフラであると考えるのであれば、民間じゃない部分のサポートが必要じゃないか。ここに経済的なインセンティブを作ろうとすると、どうしても無理が生じる。そこまではサポートが必要だろう」

中山「権利情報を集める。この問題に限らず、いろいろな審議会で問題になってるDB必要というのはみんな思っている。こういうものを集中的に管理しないと流通がうまくいかないし、侵害の発見というところでもうまくいかない。もっと広く考えると日本だけでやっても意味がない。国際標準になるものを作れればいい。人格権は著作権法の難問中の難問。これにつける薬はありません。立法時にもかなり議論あった。人格権を削る、低くするとなると抵抗感が強い。これを法改正で通すのは難しいだろう。だが、人格権はもっと議論されなきゃいけない。世界で一番強い人格権を作れば、良い創造ができるということでそうされたが、実際ネット時代になるとそこに対応できなくなってる。大きなスキームでは今回の案に反対はないんじゃないか。法定事業者の部分と応諾義務のところをどうするのか、という細かい点に関しては議論が必要だろう」

岩倉「現状認識はいろいろな立場がある。緊急にこうする必要はあるのか、モアベターにするのかという違いはあるが、コンテンツに対して流通促進させる工夫として利用権の集中化は考えられるだろう。強制収容は難しいかもしれないが何らかの合意が得られるための仕組みは必要だろう。法定事業者かどうかはともかく、何らかの役割をもった仕組みやサイクルを考えていくことができれば目的がたちやすいんじゃないか。現状踏まえると、権利集中について何らかの緊急な法整備を考えてもいいんじゃないか。どこまでこの仕組みを作るのか。そのあたりが今日の議論で見えてきたんじゃないか」


(質疑応答)
サイオステクノロジー喜多さん「権利の集約が必要というのは一致していたのは良かった。Googleブック検索だけでなく、映像コンテンツなども含めて動こうとしているだろう。Googleがやろうとしているものより、権利者にとっては協議会案の方がいいんじゃないか」

中山「Googleは米国の話で日本と比較はしにくい。一企業の活動だと、あれだけ大きいと世界的なスタンダードになってしまう可能性がある。あれが進むと著作物というのはお金払えば使えるんだ、という雰囲気が出てくる可能性があると思う。今後著作権や利用者の意識も変わらざるを得ない。日本で特別法作ってもGoogleには影響与えない。だが、個人的にはGoogleよりも法律でやった方がいいと思う」

個人会員石原さん「今一番やらなきゃいけないことは集約化以前に権利者のみんながネット上にコンテンツを出していくのか、ということを解決しなきゃ進まないだろう。話し合いの場が必要。権利者が協力できる場が必要。協力をしたくなるような話し合いの素案が必要。それはビジネスモデル、儲かる仕組み。過去のテレビ番組をテレビで再放送する場合、ネットの再放送ではテレビの再放送の方が収入がある。止まっている状況を打破するために国から補助を出して流れができるまでは作りなさい的なことができないだろうか。予算を消化するためにマッサージ器買っている場合じゃないだろう」

個人会員中泉さん「経済原則から見たら、いかにフェアな競争を実現する市場を作るか。それが先決。その上で多様なビジネスモデルと多様な参入者が不可欠ではないか。競争促進という意味で、競争法の適用を促した方がいいと思うがどうか。あと、人格権。人格権は重要だが、乱用されている。人格権を事後的に権利の乱用を行うことが問題大きいのではというところの意見を聞きたい」

中山「基本的にはそう思ってる。著作物の特性として、複数ある国もあれば、1つの方がいいとするという国もある。ある音楽を使いたいと思ったときにどこにアクセスしたらいいのかわからないというのは困る。集中システムが必要だ。独禁法の問題もIDで管理できれば解消されるのではないか。人格権の話は難問。あとから人格権を主張されると経済活動成立しない。今の規定はあとからでも言えるように読める。同一性保持権は何か。名誉を害するものを止める、超えるような人格権はおかしい。そこは放棄した方がいい」

立場は違えど、問題認識は大体同じという感じの人たちが4人集まったので、シンポとしては無難に終わった印象。とはいえ、問題提起としては意味のあるものだった気もします。

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