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  • 音楽配信メモの更新は終了しました(2002.1.11〜2014.8.23)。

ナタリーってこうなってたのか 表紙

ナタリーってこうなってたのか

大山卓也 著 / 双葉社

ISBN:978-4575307009 / 版型:18.2×12×1.2cm
ページ数:184ページ / 定価:1080円(税込)

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2007年10月19日(金)

「自由」とは何か

はてなブックマーク - mohnoのブックマーク / 2007年10月19日

[著作権] 「自由」って他人に迷惑を掛けないことだよ。そうじゃなきゃ「我儘」。そこ忘れないでね。

ええ、以前大野さんに身をもってそのことを示していただいたので、自由には大きな責任が伴うことはよく理解しているつもりですし、「自由と主張するわがまま」で迷惑する人たちの気持ちもとてもよく分かります。マリアナ海溝並みに深い伏線に基づいた、もの凄いハイレベルなギャグ、ありがとうございました!

| 小ネタ | この記事のURI | Posted at 13時34分 |

2006年07月23日(日)

今やってる舞台『開放弦』で音楽配信が話題に

昨日渋谷でやっている演出家G2プロデュースの開放弦という舞台を見てきた。俺は主演の大倉孝二のファンで、彼が所属するナイロン100℃の舞台もよく見に行っているのだが、今回は主役ということで期待を膨らませていったら、意外と主役感の薄い役柄で若干残念感があった。(話はよくできていて、面白かったですけどね)。

それはそれとして、この話は「開放弦」という名の通り、ギターや音楽がモチーフになった舞台。劇中、大倉孝二の所属するバンドが、普段のんびり音楽活動やっていたのだが、知らないところで火がついて大金をゲット、そして話は思わぬ方向へ……みたいな流れになっているのだが、そこでCDは1000枚くらいしか刷っていないのに、音楽配信(ダウンロード)で、火がついてミリオンみたいな流れになったのが、おもしろかった。何の説明もしなくても「今時はインターネットでダウンロードなんだよ」ということがこういうお話の中に登場して、それに対してお客さんもきちんと違和感を感じずに納得できていることをみて、「あーもうこういうのも(世の中に存在していることが多くの人に認知されているという意味で)当たり前の世界になりつつあるのね」と思ったわけだ。

余談になるが、実は俺は大倉孝二とナイロン100℃の楽屋でニアミス、というかすれ違ったことがある。当時俺は大学生で打ち込み系ポップのユニットをやっていたのだが、ナイロンの芝居でもらったチラシに「ナゴムレコード復活! デモテープ募集!」という一文を見かけて自分のユニットのデモテープを送ったのだ。その後当時ディストリビュート?を担当する予定だったROADRUNNER RECORDSの人から連絡があり、ナイロンの公演終演後、楽屋でケラさんに会って「頑張ってね」的なことを言われた。そのときにすれ違ったわけだ。すれ違った彼は当たり前だが身長が高くて、なんか難しそうな顔をして、今でも思い出せるようなかっこいいオーラをまとっていた。

結局、ナゴム復活とはいっても、既に演劇に活動の中心を置いていたケラリーノ・サンドロヴィッチは、もろもろの事情があったのか、(かつてのような)「インディーズレーベル」としてのナゴムレコードを復活させることはできなかった。俺も音楽は好きだったし、真剣にプロを目指すことを考えたことがないわけでもなかったが、ライターになりたいと思う気持ちを優先させて、ケラさんにその後連絡を取るようなこともなかった(まぁ、すぐにプロデビューできるほどのデモテープじゃなかったということも自分では分かっているが)。

楽屋を訪れたのは、確か1997年のことだったと思う。奇しくも1997年は俺がライターになった年でもある。大倉くんは俺と1つしか違わないという意味でも、ずっと気になる存在であった。あのときの大倉くんはまだぺーぺーの役者だったが、その後どんどん成長して、今ではテレビドラマでも常連になった。他人事ながら、しかし一ファンとして、彼の活躍はとてもうれしい。

あれから9年が経った。あのときライターの道を選んだことにまったく後悔はない。俺ももっと頑張らないといけない、とも思う。

芝居を見終わったときに、ふとそのような思いがわき上がってきた。やっぱいいよね。音楽でも演劇でも映画でも才能がある人が自分の魂を削って「作品」として昇華させたものを楽しむのは。

| 小ネタ | この記事のURI | Posted at 18時52分 |

2006年05月26日(金)

俺と女子中学生とKRAFTWERKと

昨日所用で実家に帰ったら14歳の女子中学生(3年生)のAちゃんがいた。彼女はうちの実家の母親(母は実家とカルチャーセンターで習字の先生をしています)の習字の生徒さんで稽古終了後雑談をしていたのだ。

彼女は音楽が好きらしく、それを知った俺の母親が音殺を彼女に貸してあげたらとても興味深く読んでくれたそうだ。

で、話をよく聞いてみると音殺を読んだ流れで、現在は音ハメも読んでくれているらしい(見てる?)。すげげ! と思って「音楽とか何聞いてるの?」と聞いたら、間髪入れずに「KRAFTWERKが一番好きです!(^ー^)」と返ってきて椅子落ちですよ。まぁ床の間の畳の上だったのですが。

「テクノ好きなんだ? じゃあUNDERWORLDとかも?」と聞いてみたら「UNDERWORLDも好きです! KRAFTWERKとUNDERWORLDとμ-ziqとAphex Twinが大好き!」という回答が。

音ハメ愛読(←ここポイントね)してKRAFTWERKとUNDERWORLDとμ-ziqをこよなく愛する女子中学生かぁ。ピクシーズより凄いんじゃない、これ!?

もうそこから先はインタビューモードですよ。

俺「そういうのが好きだと、クラスの女子とかと音楽の趣味合わないんじゃない?」

Aちゃん「合いませんねー。みんなジャニーズとかそんなのばっかしか聴いてない」

俺「KRAFTWERKは俺も好きだよ。一昨年SHIBUYA-AXに来たとき見に行った」

Aちゃん「ホントですか! うらやましー!!」

これなんてデジャブ?(KNDV) 記憶の糸をたどると、数カ月前、ある人の家にお邪魔したときに娘さん(現在小6)がKRAFTWERK好きで「一昨年のSHIBUYA-AXに行ったよ」という話をしたら、そのときも本気でうらやましがられたのだ(ちなみに彼女はビーチ・ボーイズも大好きらしい)。世界広しといえど、わずか半年の間にSHIBUYA-AXにKRAFTWERKを見に行ったことを14歳と11歳の女子にうらやましがられた経験があるのは俺だけであろう(限定され過ぎ! )。

俺「KRAFTWERKはアルバムどれくらい持ってるの?」

Aちゃん「えーと全部は持ってなくて、4枚くらいです」

俺「じゃあ俺ほとんど持ってるからコ…(以下文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会専門委員としての良識ある発言が並ぶ)」

Aちゃん「やったー」

俺「でも、CD-RとかじゃなくてリッピングしたMP3とかでも大丈夫だよね?」

Aちゃん「あ、大丈夫ですー」

俺「パソコンで音楽とか聴く?」

Aちゃん「iPod持ってます(笑)」


すげー!


俺「CDとかどうやって買ってるの? 中古だよねぇ」

Aちゃん「そうですねぇ。新品は高いですから」

俺「周りの人とかファイル交換ソフトとかで落としたりとかしてるんじゃないの?」

Aちゃん「あーそういう子もいますね。私は中古ですけど、Amazonのマーケットプレイスが最近安いのでそれが多いです」

俺「マーケットプレイス!? クレジットカード持ってないよね?」

Aちゃん「はい。だから親のクレジットカードで買って、その料金分をおこづかいから払っています」


すげー!!!


まぁ冷静に考えれば、そんなの彼らの感覚は物心付いたときからパソコンやIT、ネットワークが身近に存在している以上当たり前であることは想像に難くないのだが(KRAFTWERK好きという趣味はともかく)、実際目の当たりにすると新鮮な驚きがあるね。

月並みな言葉で締めてしまうと、若い人にとって普段の生活とITは俺らが考えている以上に切っても切れない関係になっているのだなぁと思いました。あ、これも東京だけの現象ですかそうですか。

| 小ネタ | この記事のURI | Posted at 04時24分 |

2006年05月16日(火)

BBCが放送した音楽ダウンロードの未来

タクシー運転手がコンピューター専門家と間違われて生放送に出演 → 何となく音楽ダウンロードの未来を語る(X51.ORG)

オモシロス!

何となく音楽ダウンロードの未来を語る。それが音楽配信メモでございます。鵜呑みにしない方がいいよ! メディアリテラシー!

| 小ネタ | この記事のURI | Posted at 05時22分 |

2005年11月24日(木)

俺のソニー遍歴

俺ぐらいの世代にとってソニーというブランドは多くの人にとって憧れの対象だったはずだ。

中学生の頃、ウォークマンが欲しくて量販店に行ったらウォークマンは明らかに他のメーカーが作ったパクリ商品よりかっこ良かったし、価格的にも高かった。ソニー商品には手が出なかった俺はしょうがないので近所のディスカウントストアにあった台湾メーカーの3000円のリモコンすら付いてないヘッドホンステレオを買って、ウォークマンがもたらした「移動中に音楽を楽しむ」ことの素晴らしさを知ることとなる。

初めてCDを再生できるラジカセを買ってもらったのは、高校受験に受かった日のことだ。秋葉原でいろいろなラジカセを物色し、本当はソニーのドデカホーンが欲しかったが、ドデカホーンより1万円くらい安いPanasonicのCDラジカセ(RX-DT70)を買ってもらった。PanasonicのCDラジカセは大学に入るくらいまで現役で活躍し、とても丈夫だった。

中学から高校生にかけて、移動中に音楽を聴くのはもっぱらヘッドホンステレオだった。さすがに3000円のものはへぼかったのでもう少し良いものが欲しかったのだ。その頃ソニーから国内で初となるウォークマンのワイヤレスモデル(WM-505)が発売された。面倒な配線をすっきりなくせるワイヤレスウォークマンはやはり俺にとって憧れの対象だったが、中学生には高い買い物であった。それでもワイヤレスのウォークマンが欲しかったので、なけなしのお年玉をはたいてシャープから出ていたワイヤレスのヘッドホンステレオ(これもソニーより1万くらい安かった)を買った。

高校生になって自分でバンドをやったりするようになって、どんどん音楽にのめりこんでいった。良くなかったのは受験生になってゲーム機を全部押し入れにしまってしまったため、趣味が音楽しかなくなったことだ。その頃俺はレンタル→テープにダビングということでなく、レコファンやディスクユニオンなど中古CD屋巡りの魅力に取り付かれる。高校時代まったく勉強しなかった俺は順調に浪人し、それがまた音楽への傾倒に拍車をかけた。一番良くなかったのは「レコードマップ」を買ったことだろう。俺は予備校にもろくに通わず、授業を適当にふけて毎日予備校があった高田馬場の中古屋を一通り回り、その後新宿→西新宿→渋谷→池袋と毎日30軒ぐらいずつ中古CD屋やWAVE、ヴァージンメガストアなどを巡回してCDを買いまくった。そうなると移動中に音楽を聴くため、今度はポータブルCDプレーヤーが必要になる。俺は量販店に行ってCDウォークマンを買おうと思った。CDウォークマンを初めて世に出したソニーの製品はやはりかっこ良かったし、なんか音質も良さそうだった。だが、CDを買うことに取り付かれていた俺はここでもソニーのCDウォークマンではなく、それより5000円くらい安く、電池の持ちも良かったPanasonicのポータブルCDプレーヤーを選ぶことになる。「5000円あれば中古CDが3〜4枚買えるな」という思考になっていたからだ。

大学に入って何年か経ち、サークルの先輩からソニーのミニコンポステレオシステムである「ピクシー」をタダで譲ってもらえることになった。そう、俺が中学生とか高校生のとき、(民生用機器としては)音の良さでずっと高級感を醸し出してたアレだ。ピクシーはとても良い音で俺が好きなロックを鳴らしてくれた。「あぁやっぱりソニーは違うなぁ」という気分を十分に堪能できた。うれしかった。

結局、ここまでで俺はソニーのオーディオ製品を1つも買っていないわけだが、今思えば買っていなかった(シャープや松下やサンヨーのように気軽に買える商品でない)からこそ、ソニー商品への憧れが深くなっていったような気もする。俺ら団塊Jr.世代は一部のひねくれ者やリッチマンを除いてみんな本当はソニー商品が欲しいけど、松下やサンヨー、シャープで「我慢」していたのだ。

高校時代からライターになりたかった俺は就職活動はいくつかの出版社だけに絞って行った。筆記試験は全部通った。最終面接まで残った出版社もいくつかあった。だが、結果的にはことごとく面接で落とされた。人間性を否定されたようにもなって多少落ち込んだが、彼女のツテでIT系のライターさんがやっている事務所(その後編プロになる)にバイトとして拾われた(あそこで拾われてなかったら今頃俺はニートになっていたかもしれない。社長には本当に感謝している)。結果から言うと大学は4年で卒業できなかったので就職活動でどっかの出版社から内定もらってもしょうがなかったのだが(笑) 週1で大学に行きつつ編プロでライター仕事をするようになり、給料をもらえる身分になった。

そして俺はようやくソニーの製品を何のためらいもなく買えるようになった。

俺がライターとしてデビューした1997年、ソニーがMSX以来となるパソコン事業に参入した。発売当初のデスクトップこそパッとしなかったが、10月に今のモバイルノートの方向性を革新的に変えたと言っても過言ではない「PCG-505」が発売される。あれを見たとき、ソニーという企業の底力を感じた。未来を感じさせる電源投入時の起動音、紫の斬新なデザイン。これでもかと主張する本体上部のVAIOロゴ。すべてが新鮮だった。

当時、モバイルをする習慣がなかったので俺は結局505を買うことはなかったが、その後IT系の雑誌でライターをやっている中でソニーというメーカーの影響力が大きくなっていくところを目の当たりにした。パソコン部門でNECを抜いてシェアトップに躍り出たときは自分のことのようにうれしかったことを覚えている。ソニーがパソコンでシェアトップに躍り出た頃、ちょうどインターネットの人口も爆発的に増えていたが、その頃は「ソニーがやってるプロバイダだから」という理由でSo-netを選択する女の子も多かった(PostPetの影響もあっただろうが)。それくらいネットの世界でもソニーは「ブランド」だったのである。

その後、編プロから独立したり、取材などが多くなるに連れてノートPCが欲しいと感じるようになった。ちょうどその頃発売されたのが「スタミナ」が売りの初代SRノートだ。発表を見て「これだ!」と思った俺は長時間バッテリーと一緒にSRノートを購入する。決して安い買い物ではないが、SRノートは取材時や外出先での仕事に大活躍した。

パソコンはどうしても陳腐化が早いので、その後いろいろノートを買い換えることになる。レッツノートやLOOXなどを買ったこともあったが(ポリシーがないようだが、ソニーだけでなく俺は松下電器という企業も大好きなのだ)、今こうして振り返ってみると買ったノートパソコンで一番多いブランドはVAIOである。会社で使っているパソコンは自作マシンだが、自宅で使っているデスクトップはここ3年くらいずっとVAIOだ。3年前に買ったVAIO Zの初代モデルはいまだに現役で使っている素晴らしいパソコンだし、最近購入したVAIO Tの最新モデルは毎日持ち歩いている。今まで10台近くノートPCを購入してきたが、必ず「あちらを立てればこちらが立たない」というような感じで買った製品には何らかの不満を持っていた。VAIO Zはパフォーマンスと液晶の大きさは素晴らしかったが、取材に持って行くには重すぎた。今俺が使っているVAIO Tはこうした「なにかしら感じる不満」が一切ない素晴らしいパソコンだと思う。バッテリーの持ちはとてもいいし、キータッチも悪くない。液晶もキレイだし、パフォーマンスも良い。それでいて軽い。しかも安い。このノートがあまり注目されておらず、ソニーはシェア的にもかなり厳しい状況ではあるが、このVAIO Tに関してはもっともっと評価されてしかるべきだと思っている。モバイルはもう当分これだけでOKという気分だ。

そうだテレビテレビ。テレビを忘れていたよ。俺の世代で言ったら「ソニーといえばトリニトロンテレビ」なのだ。家電量販店にいったらテレビ売り場では必ずソニーが一番でかい面をしていたし、圧倒的に画面がキレイだった。俺は大学時代まで70年代に製造された古いダイヤル式のテレビを使っていたので、自分でテレビを買うときは絶対にソニーと決めていた。結局初めての買う機会は独立して会社を作るとき(1999年)だったのだが、ちょうどその頃はフラットテレビがたくさん出てきてるときで、俺は悩む間もなく25インチのWEGAを買った。もちろん大満足であったことは言うまでもない(出たての頃と違ってフラットテレビが定着してたから安かった。6万くらいじゃなかったか)その後会社を引っ越すときに25インチWEGAを自宅用にし、30インチのWEGAを買い直した。パソコン用モニタも、ソニーが一番だった。俺はこういう仕事をしていながらもまだ裸眼で1.2くらいはある。しかし、目を悪くしないため画質に関しては徹底的にこだわってきた。といってもビデオカードをMatroxにしてディスプレイケーブルをEIZOの8000円くらいのやつにしているくらいだが。ディスプレイは当初EIZOなども試したのだが、Matroxとの相性がいまいち悪かったのでCPD-G500にした。CPD-G500はまったく不満なく(3年使ったら一度写らなくなり修理、5年使ったら再度修理。そして現在は三度故障し、まったく写らなくなったが、それでも素晴らしいディスプレイだった)、次に買うのもソニーにしようと思った。そんな折GDM-F520が発売されたので、奮発してこれを購入し、仕事用のメインディスプレイにした。現在でも現役で稼働して今まさにその画面を前にしながら文章を書いているわけだが、結構もう最近動作が不安定で修理に出して使うか、それともいい加減液晶に変えるか迷っている。ソニーがPC用ディスプレイから撤退しなければ、FDトリニトロンの最新機種を買っていたのに! 返す返すも残念である。テレビの話に戻れば、俺はいつか自分で家を建てることがあったらリビングに「グランドWEGA」を置こうと真剣に心に決めていた。この前自宅で使っているプラズマ(ソニーではなくビクターのやつだ)が故障したので、新しいの買おうかという話になった。しかし、残念ながら俺の選択肢にソニーはなかった。「今買うなら松下しかないよな」と考えていた。結局プラズマはパネルの不良で無償修理してもらったので買い換えることはなかったが、自分の中でテレビを買おうと思ったときに「ソニーを買う」という選択肢がなかったことに驚いた。

さて、話をオーディオに戻そう。俺はソニーが発売してきた各種の携帯デジタル音楽プレーヤーには一度たりとも食指が動くことはなかった。1999年の初代ネットワークウォークマンが発売されるときは開発者の人に取材に行ったりもした。パソコン雑誌のレビュー記事でソニーの携帯デジタル音楽プレーヤーのレビュー記事を書いたりもした。その際SonicStageの前身であるOpenMG JukeboxをインストールしてOSが激不安定になり、再インストールさせられるハメになったりもしたが、それでも99年からずっと俺は「いつかソニーが音楽好きの俺にぴったりマッチする素晴らしいソニーならではの携帯デジタル音楽プレーヤーを発売してくれる」という期待を持っていた。

しかし、6年が経った今でもそれは実現されず、それはソニーではなくアップルというメーカーから発売されてしまった。

ソニーの携帯デジタル音楽プレーヤーにまったく心が惹かれなかったかというと嘘になる。NW-HD1は初めてソニーの携帯デジタル音楽プレーヤーと買っても良いかと思った商品だ。しかし、ATRAC3にこだわる仕様や大量に楽曲を入れたときに探しづらいインターフェース、その他さまざまな不満点が俺を購入させるまで至らせなかった。何よりも俺はNW-HD1発売時、3台目となるiPodを持っていた。iPodを捨ててまで乗り換えるだけの価値を提示してくれなかったというシンプルな話だ。

ソニーレコードもずっと俺は大好きなレコード会社であった。高校時代バンドを始めたとき、最初は当たり前だがコピーバンドだった。コピーしたのはユニコーンや爆風スランプ、佐野元春、米米クラブ。よく考えてみたらどれもソニーだ。浪人が決定したときやけくそで友人と宍戸留美のコピーバンドをやったこともあるがあれだってソニーミュージックだ。もちろんリスナーとしてはEPIC25のサイトで紹介されているようなアーティストは欠かさず聴いていた。間違いなく俺は「丸山チルドレン」の一人なのである。

だからこそ、好きだったSMEがCCCDに対して静観の構えを見せていたときは内心うれしかった。頼むからSMEだけは最後までCDで押し通してくれとも思っていた。しかし、レーベルゲートCDでそれは裏切られることになる。

レーベルゲートCDや、Sony BMG問題。そして数あるソニーのさまざまな「ネタ」を見せつけられ、そうした様々な事象をライターという立場で「論評」することになった今でも、俺の中にはまだまだ「ソニーはまだ何かやってくれるんじゃないか」という期待感がある。エアボードが示した世界観やそれを究極に押し進めたPSP+ロケーションフリーにはまだまだ限りない可能性を感じるし、もうほとんどダメになった次世代CDでも、ハイブリッドSACDがもっともっと普及して欲しいとも思っている。

いつだってソニーは革新的で新しい「価値観」を提示してくれる企業だった。「目の付け所」だけで言ったらシャープなんかよりずっとシャープだったのだ。

俺ごときが心配したところでどうにかなる問題ではないが、それでもソニーには元気な存在でいてもらいたい。早くiPodを捨てさせるような携帯デジタル音楽プレーヤーを出して欲しいし、魅力的なコンテンツを活かしたネットサービスを展開し、まったく新しいコンテンツ体験をさせて欲しい。

この期に及んだ今だからこそ俺は、ソニーに最大限のエールを送りたい。あぁここまで書いてよく分かった。俺はソニーという企業が大好きなのだ。

| 小ネタ | この記事のURI | Posted at 08時28分 |

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