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ナタリーってこうなってたのか 表紙

ナタリーってこうなってたのか

大山卓也 著 / 双葉社

ISBN:978-4575307009 / 版型:18.2×12×1.2cm
ページ数:184ページ / 定価:1080円(税込)

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2009年02月06日(金)

補償金問題がいよいよ泥沼化してきたようです

「20XX年モデルには乗らない、パソコンにも補償金を」私的録音録画補償金問題で権利者団体が声明

権利者側は2008年12月に、ニワンゴの動画投稿サイト「ニコニコ動画」にあるアンケート機能「ニコ割アンケート」を用い、補償金制度に関する調査を実施。これによると、私的録音に用いる機器はパソコンが72.4%と多く、これを基に試算すると「11〜39歳の個人がパソコンに保有している楽曲は239 億曲を超える」(日本音楽著作権協会の菅原瑞夫常務理事)など、パソコンによる私的録音録画の実態が広がっているとする。また、パソコンに収録した楽曲を携帯音楽プレーヤーにコピーする人の比率も47.1%に達したとする。これらを踏まえ、権利者側ではパソコンや携帯音楽プレーヤーへの補償金賦課が必要としている。



        ____
       / \  /\ キリッ
.     / (ー)  (ー)\
    /   ⌒(__人__)⌒ \   <11〜39歳の個人がパソコンに保有
    |      |r┬-|    |   している楽曲は239億曲を超える!
     \     `ー'´   /    ソースはニコ厨が答えたニコ割アンケートだ!





     クスクス  ___
       /      \
      /ノ  \   u. \ !?
    / (●)  (●)    \
    |   (__人__)    u.   |
     \ u.` ⌒´      /
    ノ           \
  /´               ヽ
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、.
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))




     ワラワラ
         ____
       /      \!??
      /  u   ノ  \
    /      u (●)  \
    |         (__人__)|
     \    u   .` ⌒/
    ノ           \
  /´               ヽ
 |    l              \
 ヽ    -一''''''"~~``'ー--、   -一'''''''ー-、.
  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))





   、ミ川川川彡                 ,ィr彡'";;;;;;;;;;;;;;;
  ミ       彡              ,.ィi彡',.=从i、;;;;;;;;;;;;
 三  ギ  そ  三            ,ィ/イ,r'" .i!li,il i、ミ',:;;;;
 三.  ャ  れ  三    ,. -‐==- 、, /!li/'/   l'' l', ',ヾ,ヽ;
 三  グ  は  三  ,,__-=ニ三三ニヾヽl!/,_ ,_i 、,,.ィ'=-、_ヾヾ
 三  で       三,. ‐ニ三=,==‐ ''' `‐゛j,ェツ''''ー=5r‐ォ、, ヽ
 三.   言  ひ  三  .,,__/      . ,' ン′    ̄
 三   っ  ょ  三   /           i l,
 三.  て   っ  三  ノ ..::.:... ,_  i    !  `´'      J
 三   る  と  三  iェァメ`'7rェ、,ー'    i }エ=、
  三   の   し  三 ノ "'    ̄     ! '';;;;;;;
  三   か  て  三. iヽ,_ン     J   l
  三  !?    三  !し=、 ヽ         i         ,.
   彡      ミ   ! "'' `'′      ヽ、,,__,,..,_ィ,..r,',",
    彡川川川ミ.   l        _, ,   | ` ー、≡=,ン _,,,
              ヽ、 _,,,,,ィニ三"'"  ,,.'ヘ rー‐ ''''''"
                `, i'''ニ'" ,. -‐'"   `/
               ヽ !  i´       /
               ノレ'ー'!      / O



今までの議論の結果を元に戻し、根本から再検討するとなると、再び長期間を費やす可能性があるが、これについては「(補償金の対象機器の販売台数が減り、補償金の実効性が薄れていくという)後がないという状況にある。従って、急がなければならないと体内時計では感じている。とはいえ実際には、解決の手法について小委員会で著しく利害が対立している。根幹のところに問題があると、みんな思っているはず」(椎名氏)として、時間がかかってもあくまで根本的な再検討が必要であると強調した。

 文化庁は、2009年度は私的録音録画小委員会を設置せず、代わりに利害関係者のみを集めた非公開の懇談会を設け、補償金問題の解決を図る方向で調整している。

文化庁が考える「利害関係者」に消費者やユーザーが入っているのかどうかは正直わからないのですが、とりあえず今のところ「お前もその非公開の懇談会に参加しろ」という要請は来ていないことをご報告しておきます。

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 16時51分 |

2008年04月23日(水)

オリコン烏賀陽裁判の地裁判決文をアップしました

こちらからどうぞ。

判決文(リンク先PDF)

裁判について思うことは、今まで散々このサイトで書いてきたのであまり付け加えることはないです。基本的には僕は烏賀陽さんを支持します。

判決文読むと、結局「今、予約枚数を含めてるのか」ってことが争点になっていて、そこについての証明が難しいことは、前に書いたまとめの通り。

ただ、この点についてもかなり地方の古いお店の集計なんかがいい加減で操作できる余地があるのは弁護士の聞き取り調査でも明らかになってきている(判決文では、弁護士が提訴後に集めた証拠は信用できないという理由で却下されてるけど)。

これまでの雑誌に対する名誉毀損訴訟の判例とかを見る限り、この判決がまったくのデタラメなものだとは思わない(報道をどう捉えるかという配慮はされてないけど、司法がどれだけ判断できるのかという面もあるだろうし)けど、しかしそれにしてもこの訴訟はあらゆる意味でおかしい。

俺自身はジャーナリストや雑誌メディアが書きっぱなしで責任を負わないってのはありえないと思ってる。実際問題として、名誉毀損訴訟で賠償金払っても、それ以上の売り上げを上げられるからという理由でいい加減なことを書くメディアがあることも事実だしね。そういうのは訴訟するなり、メディア使って論戦するなりすりゃいいと思う。ただ、この件については「いい加減なジャーナリストが、事実無根のいい加減な放言をした結果として訴えられた。そんなの自業自得じゃん」みたいなケースではまったくない。少なくとも「事実無根じゃない」ってことは音楽業界に関わっている人ならばみんな多かれ少なかれ知ってるはずだ。

だからやっぱりなんで訴訟なんかしたんだろうな、と今でも思ってしまう。

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 18時38分 |

2007年09月07日(金)

「ダウンロード違法化/iPodの補償金対象化」がほぼ決定した件と、ITmediaの記事で抜粋されている発言についての補足

補償金はDRM強化よりまし?――私的録音録画小委員会で議論(ITmedia)

大詰めを迎えてる文化審議会の私的録音録画小委員会の議論。これに去年の春から参加してるわけですが、まぁ最近ははっきり言って徒労感ばかり感じる委員会だなと思いつつ、まぁそれも勉強だなと思って参加してますよ。

で、9月5日の小委員会でITmediaである種余談的にした俺の発言が大フィーチャーされて記事のタイトルまで使われていて、スラッシュドットなんかではすっかり俺が補償金賛成派の寄生虫呼ばわりされているので(何か文句付けるならもうちょっと記事の詳細なり、これまでの経緯とかそのへん理解してから言ってくれと思うが、まぁそんなのはWeb 2.0時代には到底通用しない理屈であり、そもそもスラドの連中に何リテラシーとかまともななこと期待してるの?(プ とか言われたら「それもその通りですね」と答えざるを得ない状況の中)こりゃまあ少なくとも発言の意図とかは、そこに至る前後の文脈などは明らかにしておかなきゃいけないと思い、久々にエントリを書く午前3時←今ココ!

さて、問題となっている記事中の「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」という発言だが、これは確かに俺は言った。

でも、この発言につながる前に「前提」と「なぜこれを言うに至ったのか」ということの簡単な説明をしている。そのあたりが省略された状態でこの発言だけ取り出されてセンセーショナルな記事タイトルだけ付けられるのは、ちょっとそれはどうなのよ? と思ってしまうことは事実。ま、自分もレポート記事を書く場合は程度の差こそあれ、似たようなことしなきゃいけない部分はあるし、そういう編集をメディアがするのは(善し悪しは別として)俺はわかってなきゃいけない立場だから、あまりそれについてグダグダ言うつもりもない。訂正を申し入れてもしょうがない話なので、自分のブログで意図を説明します。本当にブログがあって良かったよね。メディアに自分の意図と違う発言が乗ったときに本人が反論否定できるカウンターメディアができたというのは、インターネットがもたらした最大の利点の1つなんじゃないかと思ってるよ、俺は。

また話がそれてきた。えーと、細かい発言はあとで文化庁のサイト上で議事録公開されるので、それを追ってもらえばと思うけど、「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある」という発言の前に俺が言ったのは「この2年間のなかなか進まない膠着した議論を見てきて僕が思うのは、そもそも論的なものが有効に機能してもし補償金がなくなったら、権利者の人たちは確実にDRMを強化してくるだろうなということ。良い悪いではなく、そういう厳しいDRMが普及する状況になって消費者が自由にコンテンツを楽しめなくなるのなら、返還制度がきちんと実効的に機能する枠組みがある上で1台あたり数十円とか上限を非常に安く設定して補償金を払い、その上で家庭内の私的複製を阻むようなことを権利者がしない……つまり補償金がなくてDRMが厳しい世界と、広く薄い(十分に安い)補償金払って家庭内ではコンテンツを自由にコピーできる世界の二択しかないなら、僕は後者を選ぶ」というような趣旨のこと。細かい発言とは多分違うかもしれないけど、少なくともそういう意図があってかなり細かい条件を付けて、この話をした。

あともう1個重要なのは、この話が椎名委員から「賛成だ」と言われたので、それに対して釘を刺す意味で「ただし、補償金払って良いとさっき僕が言ったのは、返還制度が機能して、十分に安い補償金で、さらには家庭内では自由にコンテンツのコピーができるような環境を権利者がきちんとユーザーに対して保証するという前提があれば、という話。少なくとも今議論の俎上にのぼってる「著作権法30条を改正して、ネット上に上がっている違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置いて、ダウンロードする行為を犯罪化させるような状況だったら、補償金払うことは飲めませんよ」という趣旨の返答をしている。

つまりこれは、現実的には文化庁の思惑や権利者の主張とこの審議会の審議の動き方を見るに、「補償金なくしてDRMバリバリの世界にいくか、補償金払う代わりに今までの私的複製の自由な範囲はいじらない」という二択しか(この審議会においては)現実解として存在しえないだろう」と俺が判断して、そんな状況に対してある種皮肉混じりで発言した部分もあるわけです。


だって、このまま行くとこの小委員会、文化庁が書いた絵(それは要するに音楽業界、テレビ業界、映画業界の権利者の要望を100%受け入れるということだね)で著作権法改正決まっちゃうよ。その骨子は

●著作権法30条を改正。ネット上に上がってる違法な著作物(着うたやらMP3やら動画やらP2Pやら)をユーザーがダウンロードすることを「犯罪」にする

→既に日本の著作権法には「送信可能化権」が存在し、違法な著作物をネットにアップロードした奴を罪に問える環境があるし、実際に送信可能化権侵害で逮捕された連中はたくさん出ている。それに加えてダウンロードした者も違法にできるから、RIAAがやってるような音楽ファイルを「ダウンロード」した人を特定して大量に民事訴訟起こして和解金ゲットなんてことを日本レコード協会が日常茶飯事的にやるようになるかもね。「アップした奴が悪い」ってルールで今まで大した問題になってないし、実際今年の頭からレコ協が違法着うたアップローダーに対して警告メール出したらかなり多くのアップローダーが潰れたよね。そんなの効率化すれば、十分違法対策なんてできるでしょうよ。しかも、今知財推進本部で議論されてる「著作権侵害の非親告罪化」とセットになるとかなーりこれイヤな感じになるよね。

一応、この問題について危険性ばかり煽るのもフェアじゃないので、今のところ決まっている事実関係をフォローすると、ダウンロード違法化が実現してもそれは「録音・録画」についての話。テキストやらほかのコンテンツは含まれない。つまり、ニュースサイトの記事をブログに丸コピペしたものをダウンロードしてもそれは別に違法ではない。あくまで音楽業界・放送業界・映画業界だけ守りますよーってことね。でも、そんなえこひいきが罷り通るならそれこそ新聞やら出版社やらが「俺らのコンテンツも守ってくれ!」と文化庁に言いかねなくてイヤですね。そんなことやったら日本のインターネットは潜在的犯罪者何百万人産み出すんだっていう。そもそもそんな法改正自体がおかしいだろみたいな。「一部の著作権者の権益守る」のと「国民に犯罪者が増えること」のどっちが重要な問題なのよっていう。

実効性の話でいうと「違法著作物を“情を知って”ダウンロードする場合」という条件が付く。「情を知って」とは、違法か合法かよくわからない状況でユーザーが間違えてダウンロードしちゃった場合は免責されますよってことね。ただ、レコ協は「適法配信マーク」なるものを作って対応するとか言ってるから、このマーク付いてないサイトからダウンロードした場合は「お前は情を知っていただろ」とか言ってくる可能性はゼロじゃなくなるよね。何のためのマークだよっていう。

あともう1つ大きな話としてはこれは違法になっても「罰則」がないです。未成年者の飲酒喫煙と一緒ですな。ただ、民事訴訟の対象にはなり得るので、RIAAがやってるように「情を知って」ダウンロードしてる個人を対象に損害賠償請求行うなんてことはあるかもしれないね。

「情を知って」ってのは立証するのはかなり難しいとも言われてるから、どこまでこれが「抑止力」となるのか微妙ではある。しかも罰則ないわけだから、この改正が行われたところで「実態」は何も変わらないよって意見もあるんだけど、だったらわざわざ著作権法30条(私的複製)いじる必要ねーだろっていう話だよね。送信可能化権あるんだから、それで対応すりゃ問題ないわけですよ。

だから結局実効性ない法改正してレコード協会が何やりたいかって、多分啓蒙パンフレットとかで「違法な著作物をダウンロードするのは犯罪です」って煽りたいだけなんだろうね。まぁそれで確かに違法ダウンロード多少減らす効果あるかもしれないけど、本来音楽に興味持つはずだった若年層から音楽への興味奪っちゃうっていう「萎縮効果」も十分考えられるんじゃねーの? みたいな部分もあるわな。


●iPodをはじめとするメモリーオーディオを私的録音補償金の対象にする

→俺は私的録音録画小委員会に参加するに当たって書いたエントリで、「iPodはどう見ても音楽をコピーして聴くための機械であり、現状の形で私的録音補償金制度が存続するのなら、iPodは政令指定で補償金制度の対象に含めるべきだと思う」と書いた。この考えは今でも変わってないし、補償金制度が存続するのであれば、iPodは補償金の対象に入れるべきだと思う。だってMDは補償金対象で、iPodが補償金の対象じゃないって状況はどう見てもおかしいよそりゃ。

あと2回を残した委員会の議事進行を見てると、もうこの2つは確定的になってしまったという感じ。前回の小委員会で「30条を改正して違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置くというのは、概ね了承を得た」という文化庁のまとめに対して俺は「いや、僕は了承してないし、これ僕どうしても止めたいんですけど、それはどうすればいいんでしょう? これもう決まっちゃったことなんですか?」と身も蓋もない疑問を口にしたら、会場全員苦笑いみたいな空気に包まれて俺がいたたまれなくなったりもしたんだけど、本当にこれ、補償金とかどうでもいい小さな問題で、多くのネットユーザーを潜在的に犯罪者にするような法改正しちゃっていいのかよ、という懸念はずっとある。

だから、今回の発言はこういう状況に対するあてこすりみたいな部分ははっきり言えばあるよ。「30条の変更撤回するなら、まぁ補償金払ってもいいよ。でもどうせできないよね?」みたいな感じね。

まぁ俺はユーザー代表ではないし、実際今回のITmediaの記事への反応見てると「DRM厳しくて補償金なし/DRMなしで補償金払う」の二択なら前者を選ぶって人も結構いるみたいだから、これはもうユーザー代表としてではなく、俺の個人的な意見でこれを言っているということは理解してもらいたいわけです。だってさぁ、音楽別に好きじゃない人は糞厳しいDRMの世界になって音楽聴かなくなって、音楽業界が勝手に衰退しても困らないだろうけど、俺はそんなバカなことして音楽業界に衰退されると困っちゃうんだよね。やっぱ新しい音楽には触れていたいし、ライブに行って感動とかもしたいわけでね。偉そうなこと言うつもりはないけど、端から見て明らかに権利者が頑張ってるDRM強化、保護権利強化、金よこせ的な風潮は、業界の衰退招くだけじゃんって感じてしまうわけですよ。余計なお世話だと思ってる人もたくさんいるだろうけど、業界全体の舵取り失敗してアーティストが迷惑被るのも何だかなーと思うところもありましてね……。まぁだからできるだけ音楽業界とユーザーの意識があんま離れないようなことを目指して、現実的な主張をしようと心がけてるんです。一応これでもね。

で、話を戻すと、俺は実際その二択しかないと思うよ。「補償金そのものがずさんなシステムで妥協の産物で妥当性がない。こんなものはなくすべきだ」って意見は俺もまぁその通りとは思うけど、それでも権利者が意固地にならないための「バッファー」として、数十億レベルなんだったら、「いずれなくなる制度」「十分に低廉な価格」「消費者へのコピーを何らかの形で担保」するという「条件」が揃っているならそれなりの存在意義は補償金にもあると思うんだよね。だって、「DRMフリーにしろ。補償金はゼロにしろ」ってのは消費者は最高な話だろうけど、まぁ実際そんなのは絶対権利者達は受け入れないよ。で、政策がどう決まっていくのかってプロセスを考えたら、そういう状況の中、エンドユーザーがどういう政治的な条件闘争を権利者の人たちとやっていくかって話なわけで、そういう状況を踏まえた中で出てきたのが今回の俺の発言であるわけです。

まとめれば
・俺は下記の条件が整うなら補償金払ってもいいよ

・何ならパソコンとかメモリーカードとかHDDにかけてもいい。ただし、1台当たり10円とか、本当に消費者の負担にならない価格で広く薄く取るって方法。

・ただし、音楽やテレビの録音録画に利用しない消費者(パソコンに補償金かけるなら、ビジネスユースの場合一括で返還する制度作ったりする必要もあるかもね)は簡便な手続きでその補償金が返還される制度の整備が必須。

・補償金かけるなら、基本的に利用者の公正な利用を妨げるような厳しいDRMをかけるのはなし。CCCD、コピーワンス・コピーナインなんかは問題外。

・補償金の分配がどのような理屈・ロジックで行われているのかすべてオープンにする。これはSARAHだけでじゃなく、その先のレコ協やJASRACや芸団協もね。

という主張であるわけです。まぁ当然ここまで細かく説明はしなかったけど、それでも結構いろいろな「条件」は審議会の場で言ったつもり。そのあたりのニュアンスが抜け落ちているのはやっぱりちょっとイヤだな、と思う。


まぁぶっちゃけ、僕はあの委員会に期待することはほとんどやめました。だから、俺は30条改正させるのが本当にイヤなので、メディアで記事書くなり、ほかの方法使うなりして全力で、自分のできる範囲でこれを止める活動に入ります。

で、10月に入ったらこの問題についてパブリックコメントの募集がある。パブコメで30条変更反対がたくさん来たらそれを文化庁もそれを無視して進めるわけにはいかなくなるでしょう。なんで著作権法変わるのがイヤな人は、みんなパブコメ頑張って送りましょうね。

ま、最終局面に入ってきたなという感じです。もうちょっとこの問題はきちんと音ハメ更新することも含めてアクティブにアナウンスしていこうと思ってます。

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 03時38分 |

2007年07月25日(水)

A Nation of Thieves? - 盗人国民?

以下の記事は2002年当時のPrince(プリンス)の公式サイトNPG MUSIC CLUBに掲載された論文の翻訳です。記事の原文はInternet Archiveで読むことができます。記事の著作権はPrince本人とNPG MUSIC CLUBに帰属します。記事を許可なく転載することを禁止いたします(弊サイトはNPG MUSIC CLUBより当該記事の翻訳転載許可を頂いております)。

ここに掲載する翻訳はairhead氏によるものです。氏のサイトには原文と訳文、そして翻訳時の覚書が掲載されています。より理解を深めたい方はそちらの方を読まれることもオススメします。

A Nation of Thieves?
盗人国民?


21世紀にたどり着こうというころ、あることが起こった。メディア/エンターテイメント企業は「一極集中」「株主利益」を、これまでかろうじて重要としてきた顧客サービスや従業員尊重よりもはるかに重要なものとと捉えるようになった。企業の重役たちが受け取る報酬パッケージは天にも届かんばかりだが、その一方で、彼らに企業業績の責任を取らせることはほとんど不可能になっている。

人々は気づいていないと彼ら重役たちが考えているとしたら、その認識の甘さは相当なものだ。

そのあることについて人々は、問題なしとはいえない――実のところ大問題であると気づいている。この10年間で株式市場は、法的にも道理的にも適正な投資形態として外見上の信用を集めてきたが、最近になって発覚した数多くの巨大企業スキャンダルは、そこがこれまでと何ら変わらない、ノイローゼ気味の幼稚なギャンブラーたちが快楽を貪る病んだ場所であるということを明らかにしている。その後ろだてとされているのは無数の「名もなき」労働者や個人であり、必死に稼いだ老後の蓄えに何が起ころうとも彼らにはどうすることもできないのだ。

そこは企業の重役のほとんどが、彼らの製品やサービスの生産に携わる実際の人々についてよりもはるかに注目すべきと感じている場所でもある。何千人もの従業員の運命が毎日、目まぐるしく変わる無意味な数字やチャートの羅列を映すコンピュータの画面とにらっめっこをしている人たちの手に握られている場所である。そしてもし、ある企業が収支を好転させて「株主利益」を拡大するために「リストラ」を行っていると発表したばかりで、あなたがその株を個人的に取得することができたとしても、甘い考えは捨てた方がいい。その企業が「株主」と言う場合、それはあなたや、あなたが持つたった数千株について言われているのではない。そこで言われているのは大株主、すなわち市場価値のより重大な部分を保有している別の企業に他ならない。

そこは「敵対的買収」や政府承認の「合併」が多国籍規模の、生き残った重役たちのさらなる力の行使という果てしない循環を煽っている世界である。「World Company社」やジョージ・オーウェルの『1984』が風刺や作り話ではすまなくなり、次第に私たちの目前に姿を現しつつある、非常に現実的な「新しい世界秩序」についての予言的な記述と捉えられるようになるのも時間の問題だろう。


A Little History - 小史

まずは簡単なリストから始めることにしよう:America Online, 『Time』, 『Life』, Warner Bros., 『Fortune』, Elektra, 『Sports Illustrated』, HBO, Turner Broadcasting, CNN, Cinemax, 『Entertainment Weekly』, New Line Cinema, 『In Style』, Warner/Chappell Music, Time Warner Cable, WBN, ICQ, Warner Music Group, Netscape, People, Reprise, Rhino, Atlantic, WEA, TNT, MapQuest, WinAmp, In Demand, Erato, Moviefone, Road Runnerなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(AOL Time Warner)。

もう一つ見てみよう:Universal Music Group, Verve, Nathan, Canal+, Impulse!, Cegetel, USA Networks, Decca, Interscope, Geffen, A&M, Barclay, Armand Colin, 『L'Express』, Universal Studios, Larousse, Sierra, MP3.com, MCA Records, Deutsche Grammophon, Cineplexなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(Vivendi Universal)。

さらにもう一つ:Disney, ABC, ESPN, Hyperion, Miramax, Touchstone, Hollywood Pictures, A&E, The History Channel, E! Entertainment, RTL-2, Buena Vista, Mr. Showbiz, Wall of Sound, Mammoth Recordsなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(Walt Disney)。

この説明で足りないというのなら、あなた自身の目で確かめていただきたい…… 既に巨大企業の数はすべて合わせてもたったの7つ――これがもっと少なくなるまでに、どれほど時間がかかるというのだろう?

そもそもの始まりは、罪がないといっていいものだった。20世紀初頭の若き興行主たちは企業を設立するにあたって、創作における野心と商売における目利きとを融合させていたものだ。その後それらの企業が成長するにしたがって、誕生時に興行主的ビジョンを掲げていたあらゆるものが希薄になってゆき、時代遅れのものとなっていった。さらに、企業の会計係が他の企業の合併や買収を提案するようになった――そしてすっかり、現実社会で行われるモノポリーゲームになってしまった。

インターネットや「ニューテクノロジー」が登場すると、会計係は次なるビッグアイデアとして一極集中を掲げた――すなわち、「コンテンツ」プロバイダと「アクセス」プロバイダとを統合して「文化的製品」を出発点から完全にコントロールし、疑うことを知らない大衆による製品消費量を最大限にしようというのだ。


The Art of Manipulation - 操縦術

その過程で何が失われるかについては、想像に難くない…… 創造性。芸術性。独自性。批評の客観性。コントロールに縛られないアクセス。文化の垣根を「打ち破る」能力。文化の多様性。革新。自由。真の音楽。真の芸術。

芸術と商業のバランスを取って両立させるというのは、条件が整っていても細心の注意が必要となる…… そして、現在条件が整っていないということは明らかだ。

最近、10ページ・フルカラー見開きで最新の大作映画について「レポートする」雑誌と称するものがある――レポーター氏は、その映画の製作会社が彼の所属する雑誌も所有していることに気づかないでいるかのようだ…… よろしい、これはなおも「雑誌」と称するものだ。彼らはなおも「レポーター」と称するものだ。そしてこれはなおも「ジャーナリズム」と称するものだ…… それでも、何百万という人々が行っているのは、自ら大喜びで捕捉されようとすることなのだ。

そうであれば、私たちがこれを「芸術」と呼ぶことは止めるべきだし、「娯楽」と呼ぶことさえもおかしいのではないか? 集団催眠に巻き込まれることの何が楽しいのだろう? 私たちはこれを実際の在り様、つまり、手枷まではされていない操縦術とでも呼ぶべきではないのか?

1995年当時、Clear Channel Communicationsは43のラジオ局を所有していた。その数は現在1,200以上になっている――そしてその「独立プロモーター」などと呼ばれている部隊は合法的賄賂を駆使して、ラジオで何が聴けるかを(あるいはむしろ、何が聴けないかを)決定付けようとしている。

どこを見回してみても、話は変わらない。さらに多くの金、さらに少ない選択、さらに少ない自由、さらに少ない企業。人々が大きく姿勢転換してこの商業的不遜を自滅や崩壊に仕向けるまで、どれだけこの状況が続くのだろうか?


Power Struggles - 勢力争い

もちろんこの高度集中化された企業世界の大きな亀裂、その最初のものは既に現れはじめていて、過去数ヶ月の間にヘッドラインを飾ったりした。すなわち、世界でもっとも強大な国の経済を揺さぶれる程の途方もない金額が関係するずさんな会計業務がそれだ。当然ながらヒステリー気味の株式市場はこのニュースを受けて揺さぶられ、それによって保有する株が上昇すると信じて疑わなかった数万人に上る世界中の労働者たちや無数の個人投資家たちが犠牲になった。

現在AOL Time Warnerの株価はAOLとTime Warnerが合併した当時の1/4になっていて、この下落は今年の初め同社に540億ドルの評価損を計上させることとなった。そして現在、この会計業務もまた捜査の対象になっている。Vivendi Universalにまつわる話も同様だ。Disneyのシェアは8年前の水準にまで落ち込んでいる。そして人々は、どこでも問題は同じと確信するにいたっている。日々の労働のリアリティや人間の創造性の本質といったものとは完全にかけ離れたものになってしまった大コングロマリットならどこでも問題は同じ、ということだ。

それに加えて人々は、多国籍の怪物を規制することになっても政府には力が――あればの話だが――ほとんど残されていない、ということについてもよく理解している。遵法精神を持つ一般市民を規制する場合においては、政府はずっと大きな力を持っている――彼らはその力を、コングロマリットによるコントロールの大きさから人々の注目をそらす目的で使用/濫用しており、そのコントロールは、私たちが何を聴くことができるか、さらには見る、読む、食べる、飲む、買う、その他の「自由」市民の一般的経験として世界的に通ずる行動、そういったことに及んでいるのだ。

この争いをもっとも強く感じ取れる分野の一つは、いうまでもなくオンラインの世界――いまだ幼年期にありながらもここ10年での爆発的成長はすべての人に衝撃を与えた、無秩序に広がりつつある無政府的コミュニティ――だろう。そして、大きな物議を醸している「ピアツーピア」ファイル共有問題とそこから派生するデジタル諸問題以上に、政府、大企業、個人の権利、この3つの間の争いを典型的に示すものはないだろう。


A Nation of Thieves? - 盗人国民?

メディア/テクノロジーの巨人たちは、最近の株式市場の低迷から立ち直るだろうか? おそらくは立ち直るだろう――しかしそれは、どんなコストのもとに? ほとんど間違いなくそのコストは、それら企業の従業員や顧客に対してこれまで以上に根深い疎外感を与えることになる、さらなる「リストラ」、さらなるレイオフ、さらなる重役の入れ替えとそれに伴う破格の退職手当という形をとるだろう。そしてこれは周りまわって、彼らが違法であると主張し刑法で罰すことを望んでいる行動そのものをさらに活気づけることになるだろう――彼らが保有しているわけでもない資本の泥沼に不用意にはまり続けることについて、彼ら自身の刑事免責が守られている限りずっと。

Napsterは破綻し、インターネット小史のなかの一章として幕を閉じることになるだろうが、まったく正反対に、その死はピアツーピア(P2P)ファイル共有の衰退を反映するものには決してならない。むしろ、P2Pはさらに成長している――完全分散型に向かいつつあることによって、その重大性を量るのは容易ではないが

しかしながら、P2Pが音楽製作に実質的な不利益をもたらすということについてレコード業界は、数多くの反論もむなしくアーティストの努力という意味でも商業活動という意味でさえも証明できていない、ということは確実にいえる。たとえば、音楽CDの売上はNapsterが最高潮にあったころ実際に増加し、Napsterが突然閉鎖されたに減少した、ということは記憶に留めておくといいだろう。ファイル共有はレコード産業に損害を与えている「はずだ」と考えるエコノミストたちが、起こってもいないことを言い立てて疑念を表明していようとも。

さらに重要なことは、大いに尊敬を集めている多くのアーティストが企業の拝金主義に反対するインターネットユーザー側の立場を取り、新たな道を切り開く目的で実際にインターネットを活用している、ということだ。それによって彼らは捕らわれの身でない合法的なオーディエンス、つまり真の音楽愛好家に向かって彼らの音楽を配布し、手を差し伸べるようとしている。

もちろんこれは、ファイル共有のあらゆる形態が等しく無害だ、ということを意味しない。人々がインターネットをラジオの代用品、すなわち未知の音楽を発見する手段として使うのなら、アーティストの作品をプロモートすることに役立つ可能性があるのは間違いないだろう。しかし、曲をインターネットからダウンロードし、その複製CD-Rを作成して、校庭で5ドルで売りさばく幼い中学生がいるというなら、それはオリジナルCDの売上に損害を与えるし、アーティストに対して失礼というものだ――レコード業界にいるすべての重役や中間業者が取り分を取ったあとでアーティストが実際に受け取るCD実売価格の一部がいかに小さいか、そういったことを抜きにすればの話だが。

しかし本当に、芸術の真価を認識しようとしない「盗人国民」を生みだすことにデジタルテクノロジーが荷担している、とまで言いきれるものなのだろうか?


Protecting the Product - 製品保護

まず、レコード業界自体が芸術の真価の認識について筆頭に上げられるには程遠い、ということは注目に値する。それどころか業界は一貫して、多くのアーティストから彼らのもっとも基本的な権利を奪うことができるように奮闘してきた。業界は、ポピュラー・アーティストがアルバムを何百万も売ろうとも破産するような状況を許していた。業界はアルバム売上からのアーティストの取り分を、売上による実際の利益のばかばかしく小さい割合に抑えてきた。業界は一貫して、真の音楽芸術性を犠牲にして商業的音楽製品を推し進めてきた。

これではレコード業界に、芸術の真価を認識することについて説教する資格があるとはいえない。

また、業界の巨人たちの一番の関心事であると思われる文化製品とは既にもっとも人気を博しているものであり、コピー保護がなされているか否かに関わらず数百万枚売れるであろうアイテムを中心にCDコピー保護が試験的に使用されている、ということに注目しても面白いだろう。

一方で、ほとんどの市民が本当に、芸術の価値や作品に対しての適切な対価をアーティストに支払う必要といったことついてまったく関心を払っていないのだろうか? これまで言及してきたが、もう一度言おう――デジタルテクノロジーおよびP2Pファイル共有の台頭は、人々が持っている芸術やアーティストへの本質的な敬意とはほとんど関係がない。それは実に、本物の芸術やアーティストへの敬意を犠牲にしてより商業的で高利益の製品を一貫して推し進めてきた、巨大産業コングロマリットのシニカルな態度に関係するものなのだ。

人気TV番組の最新話やポップスのヒット曲をデジタルコピーできなくするだけの後ろめたさを人々が感じていないのなら、それはまさに、業界の巨人たちがそれら作品の実際の芸術的価値をほとんど、あるいはまったく考慮することなく純粋な商業製品に仕立てあげることに成功したことによるものだ。それはまさに、それら企業が芸術作品を犠牲にして商業製品を一貫して推し進めてきたことによるものだ。

実際の芸術作品は、このとてつもなく利益最優先の業界の亀裂から今もなんとか染み出てきてはいるが、そのことは、これまで業界を突き動かしてきて今なお突き動かし、これまで以上にのものとなっている基本的公式に何ら影響を及ぼさない。すなわち、芸術=金、アーティスト=金儲けの種、芸術愛好家=消費者という公式だ。

芸術形態の一つとして業界に評価されている音楽がいかに少ないか、その簡単な例を挙げよう。過去録音されて現在入手できる音楽は20%ほどでしかないと見積もられている――そしてその20%のうち、音楽愛好家が実際に容易に入手できる割合はどれほどになるだろう? SoundScanのアルバム・チャートで現在トップ100に入っていないものの割合はどれほどになるだろう?

芸術愛好家の本能的な反応とは(それが音楽、TV番組、映画あるいは他の形態であれ)、業界が彼/彼女を芸術の価値がわかる人として敬意を払わなければ、彼/彼女が業界を芸術の調達人として敬意を払う理由なんてない、そういったものであるとしか見えない。文化的製品とやらをデジタルコピーすることで多くの人々が露呈しているのは彼らの、芸術やアーティストに対する敬意の欠如ではない。芸術制作者と芸術愛好家の両方を犠牲にして芸術から利益を得るエンターテイメント業界のやり方に対して彼らが持っている――意識的な、あるいは無意識の――不満なのだ。

エンターテイメント業界は、製品をくだらない低レベルのものにすること、アーティストを搾取すること、利益最優先の選択や決定をすること、現実社会の一般的な人々とかけ離れた不愉快な補償金と法的な免責を彼らの同類に与えること、そういったことを行って徐々に自身をシニカルに変えてきた。業界の商業製品の消費者は、それと同じようにシニカルになっているだけなのだ。


Don't Get It Twisted - ごまかされるな

とはいうものの、産業コングロマリットにとってファイル共有とデジタル海賊行為の全体議論はとりわけ、彼らのいかがわしい商慣習と不審な協調関係から注意をそらすのに好都合な方法だ。

たとえば、Warner Music Groupはレコード業界の海賊行為撲滅運動に深く関わっているが、その親会社AOL Time Warnerは、世界中の無数のインターネットユーザーが利用するインターネットアクセスのプロバイダとしてファイル共有から直接収益をあげている、ということは注目に価する。AOL Time Warnerは、増えつづける会員の数(3400万でなおも増加中)と会員たちがオンラインで過ごす途方もない時間を繰り返し誇示しているが、そうであるなら、その成長の大部分がレコーディングアーティストに損害を与えるコンピューターファイルの「非合法な」交換に関係している、という疑念はないのだろうか?

言い換えれば、現在批難されている人たちが真の「盗人」であるとは限らない…… 現在の状況は私たちには、「盗人の国民」というよりも「盗人の選りすぐり」というほうがよほど近いように見える。

そしてこの窃盗の実際の犠牲者は例のごとく、レコーディングアーティスト自身に他ならない。AOLがインターネットアクセスプロバイダとして上げる利益から、彼らが分け前を受け取ることは決してない。それら利益の一部はもともと彼らが提供したコンテントにもとづくものであるのに関わらず。そして、実際の犠牲者には真の音楽愛好家も含まれる。探求したいと思う音楽の全範囲にアクセスすることについて彼らは既に制限を受けており、さらに技術的制限を受けようともしている。その技術的制限のもとでは、合法的に購入した作品の正当なコピーを個人で楽しむ目的で作成することも程なくできなくなるだろう。

間違えてはいけない。(TV、映画、音楽を含む)エンターテイメント業界は巨大かもしれないが、テクノロジー業界はさらに巨大なのだ。思い起こして欲しい。Time Warnerを買収したのはAOLであってその逆ではない、ということを。Sonyが電気・コンピュータ機器で上げる収益はレコード売上によるものよりはるかに大きい、ということを……。

もしテクノロジー業界が、購入物を合法的に楽しむことからユーザーを阻むような技術的制限措置を――懸念されているとおりに――実施するようなことになれば、その受益者となるのは、措置によって作品が「保護される」といわれているアーティストではないだろう。また間違いなくそれは、措置によって芸術の享受が制限される音楽愛好家ではないだろう。そうではなく単に、またもや……産業コングロマリットが享受者となるのだろう。そのとき彼らは、互換性のない次世代メディアやデバイスを用意して「技術の進歩」の名のもとに私たちに売りつけることだろう。


Conclusion - 結論

テクノロジー/エンターテイメント業界は、一晩での変化を期待するにはとにかく巨大すぎる。業界の巨人たちは、海賊行為を可能にするテクノロジーそのものの導入を顧客に勧める一方で、自身の悪行から人々の注意をそらして減益と商業的失敗の責任を海賊行為に押し付けることに尽力しつづけるだろう。非現実的な約束や、大きな数字とたくさんの細かい文字で埋めつくされた契約に幻惑されるアーティストも後を絶たないだろう。

しかしながら、実績のあるアーティストの大多数がシステムと完全に手を切ることは芸術/商業の両面において得策だと気づくまでに、どれほど時間がかかるというのだろう? 芸術家を志す若者の大多数がシステムの隷属的側面を認識するようになって入念な事前注意を受けなくとも注意深くふるまうまでに、どれほど時間がかかるというのだろう? そして、芸術愛好家の大多数が団結して上に挙げたようなアーティストたちに実際の、価値ある、合法的な、本当に熱心な、これまでとは違うオーディエンスを送り届け、芸術について見当外れの現在のシステムへの奉仕プロセスに終わりを告げるまでに、どれほど時間がかかるというのだろう?

それはすべて、私たちの手に――そしてあなたたちの手に委ねられている。

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 04時38分 |

2007年07月24日(火)

プリンスはなぜ新作CDを「新聞のおまけ」として配布したのか

アルバムを無料配布したPrinceの戦略(1)(WIRED VISION)
アルバムを無料配布したPrinceの戦略(2)(WIRED VISION)
プリンス、発売前のCDを新聞付録に 音楽小売業界「侮辱だ」(FujiSankei Business i.)
プリンスが新譜を新聞付録に 英音楽業界は猛反発(CNN.co.jp)
音楽業界に波紋!プリンスの新アルバムが英新聞の付録に(eiga.com)
プリンス ニューアルバムを無料配布(AFPBB News)
プリンスがUKでニューアルバムを無料配布! Sony/BMGは正規発売を中止に。(notrax)
プリンスの新作、オマケだけどチャート入りを申請(BARKS)
プリンスの新作、新聞のオマケにつくことで波紋(BARKS)
殿下ご乱心?Prince(プリンス)、新作『PLANET EARTH』を新聞付録で無料配布(doops!)

さてすっかりブログの書き方を忘れた俺ですが、リハビリもかねてこのあたりの話題から行きましょう。プリンスが今度発売するニューアルバム『Planet Earth』(日本だと今日発売ですね)を英国の人気新聞「Daily Mail」の日曜版「Mail on Sunday」紙の7月15売り号の付録として配布したという話。

↓これが前日に英国で放送されたCM映像。



「おーかっこいいなーこの曲!」と思った人はVerizon Wirelessがオフィシャルに提供しているYouTubeのPV映像をどうぞ。といっても、フルレングスではなく1分強の映像になってる↓


「んーフルでこの楽曲だけじゃなくて、アルバム全曲聴いてみたい!」と思った人は下記サイトにアクセスしましょう。

First Spin : Prince(MuchMusic.com)

こっちはアルバム全曲が聴けます。こっちはほとんどの曲がフル試聴できてフルじゃなかったりするものも1曲2分くらいは聴けるのでアルバムの内容は十分判断できますね。いやーネットの試聴は全部こういう形式にすりゃいいんだよな。レコード会社の公式サイトに置かれているWMAファイルへのリンクしか試聴を認めないとかそんなのを2007年にやってること自体が時代錯誤も甚だしいという。

全曲試聴して「こりゃ素晴らしい! もう買うしか!」となった人はAmazon様でご購入可能です。

Planet EarthPlanet Earth
Prince


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US盤は2500円もする日本盤と比べてお得感が高いですね……という感じで何という自然な流れのバイラルマーケティング! SMEさんギャラは10万はてなポイントもしくは1万はてなスターでお願いしますね! いやーこれで俺もアジャ何とかネットにもアルファブロガーとして参加できるな(よく知らないんだけど、アムウェイみたいなもの? 違うよ、全然違うよ)。

とまぁ寒い冗談はさておき、日本盤は今日発売なんだけど、Amazonだとすぐ買えないしジャケット画像すらない有様。この騒動で日本のSMEJが売る気なくしちゃったのかねぇ。あ、僕はさっくりUS盤買いました。

相変わらず長い前置きの音ハメのエントリですが(いや、書いててまさにこれが音ハメだと思った!)ここからが本題。なぜプリンスはこんなことをしでかしたのか。

と、その前に多分あれだけ参考リンク最初に貼ってもきちんとリンク先に飛んで読む人はほとんどいないだろうから、一応あらかたの事実関係を解説しておこう。

ポイントを箇条書きにすると

●「Mail on Sunday」の価格は1.4ポンド(約350円)。7/15号はこの価格で『Planet Earth』が付いた。

●プリンスはこのアルバムの発売に合わせて英国ロンドンの「O2 Arena(以前Millenium Domeと呼ばれていた場所ね)」で8月と9月にライブ公演を行う。この公演チケット購入者にも『Planet Earth』は無料配布された。

●当のプリンスはこの行動に対して「これは直接的なマーケティングであり、これを行うことでたくさんの騒動を抱えている現在のレコード会社の投機的なビジネスに付き合う必要がなくなる」とコメント。彼の代理人も「プリンスは彼の音楽を聴きたいを望んでいる多くのファンに直接それを届けたいだけだ」という声明を発表している。

●「Mail on Sunday」の現在の発行部数は227万部。この号に関しては英国の大手CDチェーンHMVも特別に販売することを決定。発売後全国で300万部(300万枚)が流通したと見られている。

●英国では日本と同じで新聞がネットに食われてて部数がここ数年低迷してきている。こうした状況の打開策として以前のヒット曲を集めたCDや旧作の映画のDVDを新聞の付録として付けて販売する手法が盛んになっているそうだ。

●今回のプリンスの付録は『Planet Earth』に加えて、「パープル・レイン」「Kiss」「サイン・オブ・ザ・タイムズ」「ラズベリー・ベレット」といったプリンスの過去のヒット曲も含まれる、ベスト盤的要素もあるそうだ。

●英ガーディアン紙の報道によれば、Mail on Sundayは今回のCD配布にあたり、プリンス側にCD制作費、プレス、広告ライセンス料を払ったとされており、その総額は25万ポンド(約6200万円)とのことだ。ただ、CD制作費が「原盤制作費」なのかは不明。

●プリンスの行動に対してCD発売元のSony BMGと英国の小売店は大反発。イギリスのSony BMGは『Planet Earth』の発売中止を決定。英国の小売業者協会であるERA(The Entertainment Retailers Association)のポール・クワーク会長は「これまでプリンスのキャリアを支えてきたすべてのレコードショップに対する侮辱」とコメントし、以前プリンスが名乗っていたアーティスト名「The Artist formerly known as Pince(かつてプリンスとして知られたアーティスト)」になぞらえて「こんなことをしていたらプリンスは『Artist formerly available in record store(かつてレコード店で売られていたアーティスト)』になってしまうだろう」と皮肉を込めたコメントを発表している。

まぁこんな感じ。今までのレコード(CD)販売ビジネスの手法からしたら常識破りとも言える今回のプリンスの行動であるが、プリンスがインターネット黎明期から、ネットに対してどのようにコミットしてきたかを知っている人なら、あんま驚くことではない。「MP3」のフォーマットが普及してきた97年〜98年くらいにトッド・ラングレンやピーター・ガブリエルが「これからはレコード会社を通さず、アーティストが直販する」という感じでMP3の販売を実験的に行っていたが、プリンスもその可能性を模索していた一人である。

また、1999年にNapsterが登場してレコード会社やメタリカなど、多くのアーティストがNapsterを非難していたとき、早くからNapsterを好意的に評価していたのも他ならぬプリンスだ。

そして明確にレコード会社の在り方に「No!」を突きつけたのは2002年のこと。当時運営していたプリンスの公式サイト「NPG MUSIC CLUB」に「A Nation of Thieves?」という論文を掲載したのだ(現在は消去されている)。

この論文、実に刺激的な内容で読んだときに「すげー!」と思った俺はNPG MUSIC CLUBに「プリンス閣下のA Nation of Thieves?という論文が素晴らしいので、俺のサイトに翻訳したものを転載していい?」というメールを送った。そしたらすぐに「好きにやっていいよ」という返事が来たので、翻訳したものを音ハメ上に転載したんだけど、実はこれ、翻訳業者に3万円くらい払って作ったものなんだよね。翻訳した人があんま音楽業界に詳しくなかったっぽいことと、プリンス独特の言い回しが訳すの難しかったらしく、「翻訳の質が悪いよ!」と、いろいろなところから文句を言われるハメに……(このときyomoyomoと知り合いだったらまた違ったかもねぇ)。どうしようか困ってたらairheadさんという方が、もっと正確な訳で訳し直してくれてありがたい、あー自分のサイトの翻訳も差し替えようと思いつつ、忙しさにかまけて放っておいて数年……という。しかし、まさに今このタイミングこそ、2002年のプリンスの論文がウェブ上できちんと読めることに意味があると思うので、それは別エントリとして起こすので、ぜひこの論文は論文で読んでいただきたいと思う。

長い論文なので、キーポイントとなる部分を抜粋すると

この争いをもっとも強く感じ取れる分野の一つは、いうまでもなくオンラインの世界――いまだ幼年期にありながらもここ10年での爆発的成長はすべての人に衝撃を与えた、無秩序に広がりつつある無政府的コミュニティ――だろう。そして、大きな物議を醸している「ピアツーピア」ファイル共有問題とそこから派生するデジタル諸問題以上に、政府、大企業、個人の権利、この3つの間の争いを典型的に示すものはないだろう。

P2Pが音楽製作に実質的な不利益をもたらすということについてレコード業界は、数多くの反論もむなしくアーティストの努力という意味でも商業活動という意味でさえも証明できていない、ということは確実にいえる。たとえば、音楽CDの売上げはNapsterが最高潮にあったころ実際に増加し、Napsterが突然閉鎖された後に減少した、ということは記憶に留めておくといいだろう。

大いに尊敬を集めている多くのアーティストが企業の拝金主義に反対するインターネットユーザー側の立場を取り、新たな道を切り開く目的で実際にインターネットを活用している、ということだ。それによって彼らは捕らわれの身でない合法的なオーディエンス、つまり真の音楽愛好家に向かって彼らの音楽を配布し、手を差し伸べるようとしている。もちろんこれは、ファイル共有のあらゆる形態が等しく無害だ、ということを意味しない。人々がインターネットをラジオの代用品、すなわち未知の音楽を発見する手段として使うのなら、アーティストの作品をプロモートすることに役立つ可能性があるのは間違いないだろう。

曲をインターネットからダウンロードし、その複製CD-Rを作成して、校庭で5ドルで売りさばく幼い中学生がいるというなら、それはオリジナルCDの売上に損害を与えるし、アーティストに対して失礼というものだ――レコード業界にいるすべての重役や中間業者が取り分を取ったあとでアーティストが実際に受け取るCD実売価格の一部がいかに小さいか、そういったことを抜きにすればの話だが。

業界は一貫して、多くのアーティストから彼らのもっとも基本的な権利を奪うことができるように奮闘してきた。業界は、ポピュラー・アーティストがアルバムを何百万も売ろうとも破産するような状況を許していた。業界はアルバム売上げからのアーティストの取り分を、売上げによる実際の利益のばかばかしく小さい割合に抑えてきた。業界は一貫して、真の音楽芸術性を犠牲にして商業的音楽製品を推し進めてきた。

デジタルテクノロジーおよびP2Pファイル共有の台頭は、人々が持っている芸術やアーティストへの本質的な敬意とはほとんど関係がない。それは実に、本物の芸術やアーティストへの敬意を犠牲にしてより商業的で高利益の製品を一貫して推し進めてきた、巨大産業コングロマリットのシニカルな態度に関係するものなのだ。

実際の芸術作品は、このとてつもなく利益最優先の業界の亀裂から今もなんとか染み出てきてはいるが、そのことは、これまで業界を突き動かしてきて今なお突き動かし、これまで以上のものとなっている基本的公式に何ら影響を及ぼさない。すなわち、芸術=金、アーティスト=金儲けの種、芸術愛好家=消費者という公式だ。

芸術形態の一つとして業界に評価されている音楽がいかに少ないか、その簡単な例を挙げよう。過去録音されて現在入手できる音楽は20%ほどでしかないと見積もられている――そしてその20%のうち、音楽愛好家が実際に容易に入手できる割合はどれほどになるだろう?

こんな感じ。もう何だろう、いちいちもっともで、この論文見るとスティーブ・ジョブズのThoughts on Musicが子供だましに見えてくるよね。スティーブ・ジョブズがiTunes Music Storeを始める1年前、Thoughts on Musicが書かれる5年前にこれだけのことを的確に指摘して、その後の過程見ると、ほとんど彼が予想した音楽業界を巡る本質的な部分というのは変わってないわけだから。

個人的に論文の中で一番大きなポイントだと思ったのは以下の部分。

芸術愛好家の本能的な反応とは(それが音楽、TV番組、映画あるいは他の形態であれ)、業界が彼/彼女を芸術の価値がわかる人として敬意を払わなければ、彼/彼女が業界を芸術の調達人として敬意を払う理由なんてない、そういったものであるとしか見えない。文化的製品とやらをデジタルコピーすることで多くの人々が露呈しているのは彼らの、芸術やアーティストに対する敬意の欠如ではない。芸術制作者と芸術愛好家の両方を犠牲にして芸術から利益を得るエンターテイメント業界のやり方に対して彼らが持っている――意識的な、あるいは無意識の――不満なのだ。エンターテイメント業界は、製品をくだらない低レベルのものにすること、アーティストを搾取すること、利益最優先の選択や決定をすること、現実社会の一般的な人々とかけ離れた不愉快な補償金と法的な免責を彼らの同類に与えること、そういったことを行って徐々に自身をシニカルに変えてきた。業界の商業製品の消費者は、それと同じようにシニカルになっているだけなのだ。

ここの部分はCCCDに対するヘビーリスナーの忌避感や、コピーワンスを巡る心底下らないゴタゴタに対する明解な回答になっていると俺は思う。

消費者やエンドユーザーが業界のやり口や語り口に対して怒っており、さらにはクリエイターを盾にとって「自分たちをリスペクトしろ」とか言うから、こっちも腹立って「じゃーいいよ別にテレビなんか見ねーし、音楽も聴かねーよ!」みたいになると。お客さん失った業界が最終的にどうなるのかって話ですよ。別に権利者スーツの人たちが職失ったところで俺らには関係ない話だけど、でもそういう人たちのビジョンのなさによって自分たちが好きなアーティストなりクリエイターが巻き添えを食らうのはホント耐えられないっつー部分もあるよね。だからこそ、今までは一方的に資本持ってる従来のコンテンツ企業しかパトロンになりえなかったわけだけど、それをどうやったら消費者がまとめてパトロンになれるようなシステムを構築できるかってのが今後の大きなテーマになるんだとは思う。今求められているのは「CGM」ですよ。「Consumer Generated Media」ではなく「Consumer Generated Money」という意味のCGM。

ただ、もちろん今回プリンスがやったことというのは、単なるレコード会社に対する無謀なテロなんかではないってことは押さえておいた方がいい。

プリンスのCD無料配布における狙いは何か? シンプルに言えばそれは「レコードで収入を上げるのではなく、ライブエンターテイメントの収益を最大化する」ということだ。

8月と9月にO2 Arenaで行われるプリンスの公演は実は全21回にも及ぶ大規模なものだ。そして、報道によればCD配布が行われた7月中旬の段階で21回の公演のうち、15回分は発売から1時間以内にチケットが「完売」しているそうだ。これは間違いなくCD配布による効果であり、大規模ライブ公演のための「プロモーション」が成功したことを意味している。

O2 Arenaの収容人数は約2万人。21回すべての公演が完売すると、それだけで総売上は2600万ドル(約30億円)を超える。もちろん、もちろん、ライブの運営費用やら何やらがあるからそれがすべてプリンスの手元に残るわけではないが、21回同じ場所で公演を行えばその分音響や照明といった機材の使い回しがしやすいというメリットもあって、コストを効率化できる部分も多い。

notraxの記事によれば、プリンスの前作『3121』はイギリス限定で約8万枚しか売れなかったそうだ。

今回の原盤制作をどういう形で行ったのか今イチ見えてない部分がある(Sony BMGが制作費出したのか、それともプリンス本人が出したのか、Mail on Sundayが全部出したのか、とかね)ので、何とも言えない部分もあるんだけど、従来の米国流で制作するならこちらのブログで書かれているように、米国では大体アーティスト印税として10〜12%を受け取り、そこから制作費やら、A&Rやら自分で雇った金額などの「コスト」を支払うことになっている。

話を分かりやすくするためにあえてシンプルに計算するけど、イギリスでの今のCDの売価は安いもので7ポンド(約1700円)、高いもので10ポンド(約2500円)前後。2500円のCDの印税10%(250円)×8万枚は2000万円の印税にしかならない。いくらレコーディングコストが安くなったからといって、これでは大した儲けとは言えないわけだ。

この流れで同じような条件でCDを英国からリリースしてせいぜい10万枚程度しか売れないくらいなら、最初からアルバムを無料配布してしまって、ライブの収益を最大化させた方が(30億円も売上が出れば、少なくとも数億円は手元に残るだろう)ビジネスとして理にかなっているし、プリンスが大嫌いなメジャーレコード会社を「不当に」儲けさせることもしなくて済む。さらにはライブという形で自分の音楽を愛してくれるファンと直接コミュニケーションを行えるわけで、まさにこれは一石三鳥とでも言うべき結果をもたらした。実に痛快でクレバーな判断であり、これを狙い通り成功させてしまうあたりが、プリンスの凄さなのだろう。

俺は未だにCDたくさん買ってるし、レコード会社を中心とする従来型の音楽産業にそれなりの意味と、ある種の郷愁を持っているが、レコード会社と小売店だけが「音楽不況」という妄言を声高に叫んでいる今の状況に対しては「もうそういう時代じゃないでしょ」ということをしっかり認識してもらいたいと思っている。

ライブビジネスはCDの売上がピークだった98年移行も確実に伸びているし、消費者の音楽に求めるプライオリティーも変化しているわけだ。「音楽はライブが命」なんて陳腐なことを言おうとはまったく思わないが、MySpaceでの成功事例なども含め、ライブという付加価値をうまく使った新しい音楽ビジネスの萌芽が出てきているわけである。状況は混沌としているが、間違いなく言えることは「音楽ビジネス=CDビジネス」という時代が終わったということだ。プリンスの今回の「行動」と「成功」は、1つの時代の終わりを告げる象徴的な出来事であり、今後音楽業界がどこに向かうのか示す1つのメルクマールとして多くの人に記憶されるのではないだろうか。





……いやーこのエントリが『CONTENT'S FUTURE』のプロモーションの一貫として作成されたということをすっかり忘れて長くなってしまいましたよ(一度エントリ書き上げて保存して、あとで思い出して最後の広告付けたという)。

CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティCONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ
小寺 信良 津田 大介


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『CONTENT'S FUTURE』で語られている内容は僕や小寺さんが発言した内容だけでなく、取材対象者の方のさまざまな発言で、このプリンスの論文とリンクしてくるところがあると思います。この論文を「うんうん、なるほどそうだよね」と思って読んだ人は恐らく『CONTENT'S FUTURE』も楽しく読めることでしょう。8月2日は本屋に行ってぜひ本書をお買い求め頂ければと思います!

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 23時30分 |

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