Information
  • 音楽配信メモの更新は終了しました(2002.1.11〜2014.8.23)。

ナタリーってこうなってたのか 表紙

ナタリーってこうなってたのか

大山卓也 著 / 双葉社

ISBN:978-4575307009 / 版型:18.2×12×1.2cm
ページ数:184ページ / 定価:1080円(税込)

▲目次を読む
▲amazon.co.jpで購入


2006年03月29日(水)

音楽CDの再販制度は崩壊するか?

緊急告知!! (正々堂々blog)
音楽CD再販制度に反対するパブコメ(Where is a limit?)
「知的財産推進計画2006」の策定に向けた意見募集(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)
レコード業界が知財パブコメに組織票かも+合わせたように輸入権行使(趣味の問題2)
緊急警報(The Casuarina Tree)
「知的財産推進計画2006」の策定に向けた意見募集(小心者の杖日記)
知財推進計画2006のパブコメで組織票大量コピペ中とか(忘れようとしても思い出せない日記 rebirth)

電気用品安全法問題の解決(という表現が妥当ではないことは重々承知の上で、ここでは便宜的に「解決」としておこう)に尽力した衆議院議員川内博史氏のブログで「緊急告知」が。6月に決定する政府の知的財産戦略本部の作成する「知財戦略2006」のパブリックコメント募集に、「音楽CD再販制度絶対護持」という感じのレコード会社社員と見られる大量の組織票が投下されている模様。このままでは輸入権の二の舞(あのときも同じことがあった)になるので、皆さん音楽CDの再販制度がおかしいと思っている人はみなさんパブリックコメント出しましょうね、という話題。


今年2月、政府の知財本部は以下のような感じな提言をまとめた。

コンテンツクリエイターとユーザーの「大国」に――知財戦略本部提言(ITmedia)
通信と放送の融合に著作権法の改正も検討を - 知財本部が提言(MYCOM PC WEB)

IPマルチキャスト放送に関しては「通信」扱いじゃなくて「放送」扱いにして、事後許諾で勝手に音楽などの権利処理を行えるようにしろというアレだ。で、報道ではこの側面ばかりが強調されていしまったが、これと同じ流れで知財本部は2月2日に開かれたコンテンツ専門調査会デジタルコンテンツ・ワーキンググループにおいて、デジタルコンテンツの振興戦略(案)(←リンク先PDF)というものを出している。ここで「提言」として挙げられているもので重要なのはここ

(提言3)ユーザーが豊かなコンテンツを楽しめるようにする
(1)過去に作られたコンテンツを利用するための著作権契約上の課題の解決
(2)音楽用CDにおける再販売価格維持制度の見直し
(3)コンテンツをより楽しむためのユビキタスネットワーク技術の実用化

というところ。要は知財本部がもう「音楽CDの再販制度はいらねーんじゃねーの?」と提言したわけだ。

ところが、レコード業界の中でもっとも「再販制度絶対護持派」である元エイベックス会長の依田巽氏がこれに吹き上がった。この提言を受けて開催された2月20日のコンテンツ専門調査会では依田さんがこの方針に対して以下のように述べている。

「(提言3)ユーザーが豊かなコンテンツを楽しめるようにする」ための「解決策」の「(2)音楽用CDにおける再販売価格維持制度の見直し」についてですが、音楽ソフトの持つ特性、または我が国の再販制度の歴史的背景、存在意義等をいろいろ考えてみますと、今回まだまだ関係業界、諸団体等との十分な検討がなされたとは思えませんし、もっと細かく問題点の整理がなされ、デジタルコンテンツ分科会において、再販価格維持制度の廃止を示唆する提言を盛り込む段階で、もう少し細部にわたった検討が必要ではなかろうかと思っております。

それは資料を御一読いただければと思いますが、今すぐに廃止を論議するというのは、ちょっと時期尚早ではなかろうかと思います。当コンテンツ専門調査会でも論議をする環境下にあるのかどうか、それも含めて、できればこの問題については、もう少し様子を見てからにしていただきたいということが、業界としても声が上がってきております。これは決して業界の援護ではなくて、専門調査員としての私の意見として御報告申し上げたいと思います。

はいはい皆さん、最後のところが笑いどころですよー。

いろいろ漏れ聞こえてくる話を総合すると、音楽CDの再販制度をどうするかというのはレコード会社によって(つまり、レコ協内部でも)対応はかなりまちまちだという。ある種のまだら模様ということだ。これはなぜか? レコード会社によって事情は違うのだが、ざっくりというと再販制度をなくしてくれた方が「楽」になるレコード会社があるからだ。CDの再販制度というのは、基本的に「返品」とセットになっている。小売店(CDショップ)に納品された売れないCDは発売元に「返品」し、小売店は納品時に支払ったお金をレコード会社から「返して」もらえる。これが小売店にはリスクヘッジとなり、いろいろな商品を仕入れることができ、再販制度維持派のよく主張する「カタログの多様性」につながっていた部分があったわけだ。

しかし、現実は放漫経営していた小売店があったり、レコード業界自体の景気が悪くなったりしたことで、小売店といえど仕入れたものを100%レコード会社に返品することができなくなった(これもその小売店がレコード会社の「特約店」であるか否かで扱いが違ったりするのだが、話がややこしくなるのでおおざっぱに返品がしにくくなった状況があると思ってもらえればいいだろう)。で、レコード会社の方に話を戻すと、以前よりかは返品の数が少なくなってきたとはいえ、とにかく今はCDが売れないからメジャーのレコード会社が出してきたCDが大量に市場の小売店の棚の中に「不良在庫」として眠っている。それらの売れないCDはいずれ返品されてくるわけだが、返品されてきたときにそれは当然小売店に返金しなきゃならない。棚の奥深くにいってしまったマイナーなCDなんてほとんど買われることがない。返品確実なCDってのはレコード会社にとっては「不良債権」なのだ。しかし、返品とセットである現在の再販制度がもしなくなったら、レコード会社的には、それらの不良債権化したCDを引き取らなくても済むようになる。つまり、一時的にそういう不良債権を「リセット」することができるようになるわけだ。体力のあるレコード会社ならそのあたりの不良債権もまだ何とか飲み込める部分はあるだろうが、体力のないところはむしろ再販制度なんかなくしてしまって、不良債権リセットして一から出直したいと考えるところもあるだろう。まぁもちろん、そういう経済的な事情だけでなく、いろいろな思惑でレコード会社は再販に対しては保持したいと思っているところもあれば、なくなってもいいかーと思っているところもあるということだ。

実際問題として、音楽CDの再販は時限再販制度が導入されてきてからどんどん骨抜き化はされていて今はほとんどの商品が半年以内に再販が切れるようになっている。ある意味では有名無実化している部分もあるので、その意味で「もういっそのことなくしちゃえよ」と思っている会社もあるんじゃないかと。

で、音楽業界でどこが一番この再販制度廃止の動きに反対しているか。その絶対的存在が他ならぬ依田さんなんだよね。エイベックスをああいう形で追い出されちゃった依田さんも、まだ政治の世界とのつながりでいえば抜群の力を持っている。エイベックスから退いた後もドリーミュージックに資本投下して「音楽業界に依田巽あり」というところを示している(投資自体は全然回収できてないみたいだけど。そらまぁ売れてるアーティストいないもんなぁ)し、この再販廃止反対っていうパフォーマンス自体が依田さんにとってはアイデンティティ的に重要なことなんじゃないかと俺なんかからは見える。その意味で考えると、さっき「笑いどころ」と書いちゃったけど「業界の援護ではなくて、専門調査員としての私の意見」というのは正しい表現なのかも知れないね。

で、依田さんの次に再販に反対している勢力はどこか。実はそれが小売店なんだな(正確に言うと小売店の組合である日レ商。ただし、日レ商内部もこの問題に関しては意見が割れている部分もあるようだ)。小売店としては、返品できる環境が残って欲しいという素朴な部分もあるんだろうけど、多分一番はシステムがシステムとして保持されなくなったとき、彼らは「音楽CDをいくらで売ればいいのかわからない」んだよね。昔ながらの小売店が時限再販切れたものをいくらで売ればわからないうちに、Amazonが音楽CD20%オフセールをやったり、再販対象外扱いになるDVD付き音楽CDをあらかじめ10%引きで売ったりするわけですよ。加えてAmazonはまさに小売店の奥でホコリをかぶっている「不良債権」化したCDもAmazonにとっては貴重な「ロングテール」であり、ユーザーが勝手に検索機能から見つけて注文してくれるわけだから、もうなんていうかリアルの小売店はよっぽどのことをやらないと生き残れないよね。

もっとも小売店の人もバカじゃないから今のままで良いとは思ってないだろうし、大手小売店の偉い人の中には「再販なくなることは我々にとってはピンチかもしれないが、チャンスでもある」みたいなことを非公式に言ってる人もいる。音楽流通のすべてがAmazonとiTMSに吸収されてもそれはそれでつまらない世界だし、現実はそこまで極端には動かない。だからこそ、再販制度なくすってことは小売店が今後生き残る意味では良いきっかけになるんじゃないかな。

まぁもちろん、再販制度に賛成、反対という立場はレコード会社によって事情が違うだろうし、俺が上に挙げた理由だけじゃないのも確か。ただ、大枠としてはそういう話が背景にはあったりするのですよ、と理解してもらえればいいだろう。

さて、じゃあ実際問題として音楽CDの再販制度はなくなるのか。依田さんが吼えた2月20日の4日後となる2月24日、知的財産戦略本部会合において、小坂文部科学大臣が再販問題に関して非常にトーンダウンした発言を行った。

新聞・書籍・音楽等の再販制度につきましては、著作物を全国同一価格で容易に入手することを可能とするほか、更に言うならば返品を可能とするような制度の採用が行われるわけでありますが、それによりまして全国どの店舗においても地域的な偏在なく、かつ流行にとらわれない多様な品揃えを可能とするなど、これらの点で文化政策上も重要な意義を有していると考えております。

特に音楽CDなどの再販につきましては、ネット上での音楽配信の普及、地域、高齢者などのデジタルディバイド、すなわちそういった機器が使えるか、使えないかの問題が出てまいりますので、こういった問題等を合わせて考えてみるならば、現時点では再販期間を時限的に運用する。すなわち一定期間、流行のもの、売れ筋のものについては再販を維持するが、一定期間経過後はそれを解除して競争的に流通できるようにするという時限的再販制度の採用が適切であると考えております。

同制度の在り方につきましては、文化振興の観点から十分な議論が行われるとともに、音楽関係者の意見についても十分に配慮し、慎重な議論が行われることを強く期待いたしております。

つまり、これは現状の時限再販容認ということだ。これと同時期に公取の上杉総長が読売新聞の取材に応えて音楽CDの再販除外に否定的な見方を示している。知財本部の提言がかなり強気なものだったことと比べると、このあたりで何らかの揺り戻しが働いていると見るのが自然だろう。まぁ、最初の指針では割と過激なことを提示して、議論の過程で「関係各団体との議論を尽くした上で、時期尚早と判断」みたいなところに落ち着くのが予定調和だとも言えるわけで、今回のこれもそういう話なのかもしれないね。ただ、以前はこういう再販制度見直し議論が出てくると、音楽業界は業界を挙げて反対した。とばっちりを受けたくない新聞・雑誌もこのことをタブーとして扱ってきたわけだが、最近はさっきも書いたようにレコード会社の内部にもう再販制度にこだわる必要ないんんじゃないのと考える人も出てきているし、役所的にもとりあえず新聞・雑誌に再販廃止の話をしてもどうやっても拒否反応が多くなるから、音楽CDだけ切り離して議論するという方法論を出したわけだ。そうすれば新聞も雑誌も否定しないだろうという思惑がある。そういう面でも現実的に本当に音楽CDの再販がなくなる可能性が十分に出てきていると言える。間違いなく近い将来、音楽CDの再販制度はなくなるのだろう。だが、それがいつになるのかは俺もわからない。

で、お前はどうなんだよと聞かれると、実は率直なところ当面はどっちでもいいんじゃないの? という感じだったりもする。日本の音楽CDは明らかに高すぎると思っているし、そのことによる販売機会の損失がかなり業界の構造的問題の1つだと俺は思っているけど、それはもはや再販制度があるから高価格化しているとも思えないんだよね。単純に時限再販でいいから、最初の価格を安くしろよっていう。ただ、今着うたやら音楽配信的なものが伸びてきて、間違いなく業界は変革の時代を迎えているわけだ。そのタイミングで再販をなくすのは業界全体が新たな気持ちでリスタートを切るという意味では悪くない選択だとも思う。

まぁレンタルの問題どうするかってのは横たわってるけど、レンタルだってもはや立派なセル店である(レンタル専業の業者はレンタル全体の数%でしかなく、ほとんどのレンタルはセルも行う複合店形態だ。そして、そうした複合店はCD小売店全体の3〜4割を占めている。TSUTAYAの伸び見てればわかるでしょ? しかも、この前の報道であったように大手小売店の新星堂にTSUTAYAが資本投下して新星堂がTSUTAYA傘下に収まることになった。今以上にレンタルと小売りを明確に区別することは難しくなっていくわけですよ)わけで、そうなるとそれを全部潰しますかってのも無理筋な話だよなぁっていう。

再販廃止っていう意味では、お前が所属している出版の業界はどうなんだよ? と言われると、日販トーハンが支配するいびつな状況が改善されるのなら再販なくなった方がいいんじゃないのか、くらいには思ってる。つーか、再販制度がもたらしてくれたポジティブな「カタログの確保」なんて、Amazonのなか見!検索とかGoogle Printがきっちりロングテール拾ってくれるだろうからいらねーよ! と思わなくもないのだが、日本の場合世界でももっとも高水準の価格の音楽CDと違って、書籍に関しては世界でもかなり安い部類だからねぇ。1枚数十円の物理コストしかかからない音楽CDと比べて、毎年高くなる一方の紙にかかる書籍の物理コストって相当なもんですよ。それがもし再販制度廃止で瓦解してしまうとなると、それはそれで寂しくはなりますわな。だから、ちょっと俺は結論出せない。まぁ俺は単行本で食ってるライターでもないのでいいっちゃいいんだけど。

話がずれまくった。いずれにせよ、パブリックコメントの締切は今日(3月29日)の午後5時までです。歪んだ組織票で政策が決まっていくってのは、普通に腹立ちますわな。再販制度に対して思うところある人はぜひ簡単なコメントでも良いので、送るといいと思いますよ。官僚の人は、思った以上にパブリックコメントを「民意のアリバイ」として利用……いやそれは言葉悪いな。きちんとパブリックコメントを活かしてますしね。


最後に音楽CDの再販問題を考える際にはこのあたりも読んでおくといいかも。
再販制度は崩壊するか(コデラ ノブログ)
これが(owner's log)
ビックリしました(owner's log)

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 02時54分 |

2006年03月26日(日)

クリエイターは「批評されること」そのものを問題にしているのではない

作品を批判すること(naoyaの日記)
いいモノを作るためには適切な批判が必要(Nao_uの日記)
「クソゲー」という言葉を受け止められない人間がゲームを作るな、と言いたい(発熱地帯)

このあたりの話題。ネットにおける批評はどうなのよ問題は常にグルグルバターになりますな。

随分前に俺も近いような話をはてなダイヤリーの方に書いた。そのあとも関連する話題をちょっとずつ書いている。

酷評するヤツに守ってもらいたいルール(Don’t lose your temper)
たった50字で批評気取り?問題(Don’t lose your temper)
otsuneさん日記のフォロー(Don’t lose your temper)

長いので言いたい部分を要約転載すると

現実的な提案かどうかはさておき、俺がやってもらいたいのは、物事を批評するとき、最後に「自分が好きなものを列記する」ということを基本的なマナーにすることだ。俺が言いたいのはつまり、読者の側も批評される側も単純にそいつがどういうものが好きなのかということを事前にわかっていれば「こいつとは趣味や価値観が違うんだな」と納得できるし、変に傷が付くことが少なくなるんじゃないかということだ。別に匿名でもいいんだよ。そいつのハンドルやら実名が知りたいんじゃなくて、批評してくるやつの立ち位置が知りたいだけなんだよね。

当時劇作家の鴻上尚史が言っていたのだが、「えんげきのぺーじの一行レビューは絶対に見ない。少なくとも何か作品を見て語ろうとしたときに、それは一行なんかで書けるものでないからだ」みたいなことを言ってたんだよね(正確な発言や媒体は忘れた)。要するに劇作家である以上、作った作品に対して批評(それが酷評であろうと)されるのは当然ではあるし、その覚悟もあるが、しかし少なくともえんげきのぺーじに書かれているような「カジュアルなレビュー」は批評以前のものだろうと。もちろん50字で喫茶店ダベリング感覚で思いついたことを言いたい(それをサカナにコミュニケーションしたい)だけという自覚がある人は、そういうはてブのコメントについて「批評」なんて大上段に構えた単語は使わないだろう。「作者(リンク先)がどう思おうが知ったこっちゃねーよwww」という人がゆるやかなつながりを持つことで生まれる生ぬるい気持ちよさってのがあるのも何となくは理解できる。俺だって私生活で友人と話してるときはいろいろなものの悪口言いまくりだ(でも俺はさすがにそういうのをネットに持ち込むのはスマートじゃないと思ってるのでやらないわけだが)。ま、いずれにせよ「だべってるだけだよ」という感覚がある分だけ、マシなようは気はする。問題(だと俺が思っているの)は、自覚のない層だ。自覚のない層は多分2種類の人がいて、1つは本当に批評とかそういうものを超えてナチュラルに脊髄反射的なことしか書けない、あるいはネットがどこにおいても2ちゃんねる的みたいなものと思っている人だ。それはある種の確信犯と言えるかも知れないけど、小学生の頃から普通にネットがあってそういうネットの付き合い方してる人には、ネチケットとかそんな古い概念自体が通用しないんじゃないかとも思う。

自分のブログやブックマークページでコメントするなら好きにしてくださいって話で、そんなものをどうにかしようなんて思う方が馬鹿げてる。そうじゃなくて、ブックマークのコメントを一覧形式で閲覧することによってこういう問題起こしがちである側面を持ってることに、俺は(ある意味で他人事ながら)不満を持っているという話であり(自分の書いたものに対して素早く評判をチェックできるって意味では俺自身重宝している部分もあるし、別に俺の書いたものに対して何か言いたいやつは言わせておけくらいの覚悟は持ってますよ。ここはホントに誤解されたくない)、場の在り方として、あのコメント一覧は当然メリットとデメリットがあって、現状デメリットの方があまりにも考えられてないんじゃないの? ということが言いたいだけ

素朴な感情としてネット上で何かに言及するならそれなりに言葉は尽くして欲しいとは思うんだよね。ネタ的なこととか、単純に思ったことを言及相手を気にせず言える風通しの良さがネットにあった方がいいのは俺も分かるけど、そういうのは全部2ちゃんねるに任せちゃうっていう棲み分けを行うとかさぁ。どっかでバランス取った方がいいような気もするんだよね。

この問題を語る上で難しいのは、naoya氏、Nao_u氏、DAKINI氏それぞれの意見が対立しているようでいて、(俺から見たら)全部納得できるところがあるっていうところなんだよね。批評そのものの定義がそれぞれによって微妙に違うし、何が問題なのかというポイントがずれているから、話が噛み合わないのかなとも思う。

ただ、三者に絶対的に共通している意識は「作った作品に対して批判を受けるのがプロであり、それをクリエイターの側が制限しようとするのは愚かなことだ」という原則だろう。そんなもん、プロのクリエイターだったら当たり前の意識として持っていなければいけないものであり、今更それを消費者の側から鬼の首を取ったように「クリエイターの甘えじゃないの?」と指摘するのは、ほとんど意味のないことだと俺は思う。naoya氏が問題にしているのは、作品に対する批判があるのは当然とした上でユーザーの批評の在り方とか、それを醸造する空気を作り出すシステムに対する言語化しにくい疑問みたいなことなんじゃないだろうか。

果たしてゲームの発売日の前から思いこみや前評判による勝手なレビューを付けられてしまうAmazonのレビューシステムはどうなのか。DQNなエントリを書いたブロガーに対して総攻撃を行うために作られたはてなブックマークのPermalinkはどうなのか。2ちゃんねるで日夜繰り広げられる「社員書き込み者」による、ライバル社の製品への誹謗中傷書き込みはどうなのか。

それらはすべて受け手側のリテラシーの問題だよね、と言い切ることは簡単だ。でも、メディアリテラシーなんて簡単に身につけられるものじゃない。人は自分が信じたい情報を信じるし、何となく(あるいは計算づくで)作られたその場の空気に流されるのは基本的に気持ちのいい(楽なこと)ことだからだ。大体、いちいちその情報の信頼性を調べるのに複数ソースを当たって、さらにはネットではわからない部分の情報も含めて検証したりするほどネットユーザーは暇じゃないし、そもそも毎日流れてくる情報の速度が年々速くなっている状況でリテラシーなんて本当に身に付けられるのかという話もあるだろう。

だから、俺は具体的にこういう問題に解決策があるのかどうかはともかく、箸にも棒にもかからない(しかし、悪意だけはふんだんにこもった/悪意はないが読んだ人や批評された側が不快になる)「批評」を、誘発しがちな「場」そして「場の在り方」について疑問を持ち続ける必要があると思ってるし、それがその状態で放置されていていいのか、ということも含めて考えなければいけないと思っている。

興味深いのは、naoya氏のこの発言

何がそんなに頭に来たかというと、単に自分が面白いと思ったものを批判されてるからというわけではないです。そうじゃなくて人が一生懸命作ったものを安易にクソゲーだとかいってボロクソに書く無神経さが許せない、という感じです。

ここに噛みついている人も多いし、誤解を招きやすいところだけどnaoya氏は「一所懸命作った作品を否定されること」を問題にしているのではなく、その批評する「態度」のことを問題にしているはずだ。俺はそれは消費者のリテラシーの問題ではなく、もしかしたら「システム」がそういう態度を誘発しているんじゃないかと考えているし、そういう空気が生まれがちなはてなブックマークの「コメント機能」が嫌いなわけだけど、まさにそういう話が他ならぬはてなブックマークを開発したnaoya氏から出てきたというところに皮肉なものを感じざるを得ない。

あと、こういう話題をすると必ず出てくる反応が「クリエイター様はそんなに偉いんですか?」というお決まりのフレーズだが、こういうツッコミはある一面では正しいし、ある一面では間違っていると思っている。一口にクリエイターといっても作り出すものによってさまざまな違いがある。それは作っている作品のジャンルということではなく、端的に言えば「0→1のクリエイター」と「1→10のクリエイター」には大きな違いがあるということだ。

そして本当の意味で純粋にモノを創り出すことにしか興味がないような純粋な「クリエイター」は、「0→1のクリエイター」の側に圧倒的に多いことも事実である。そして俺はそういう人たちは「偉い」とか「偉くない」とかそういうレベルではなく、単純に「凄い」と思ってるし、そういう人たちがネット上のくだらない中傷によってモノが創れなくなってしまうことはもったいないとも思っている。「それが現実社会だ」「金払ったお客さんたちの意見はどんな意見でも聞くべき」「プロとしての意識が足りない」「本当に自分が創ったものに自信があるならくだらない意見なんか流しておけ」といった意見はどれも正論であり、俺自身その通りだと思うのだが、「0→1のクリエイター」のような人たちがどれだけのびのびと活動できるかで、その国の文化レベルみたいなものが知れるんじゃないの、とも思う俺は今の作品に対して消費者が気軽にモノを言える環境(喫茶店のダベリトークが全世界に、そしてクリエイターに直接読まれることを想定されずに垂れ流されている環境)にいびつな部分を感じてしまうのだ。

人がある作品に触れたとき、「これはクソだな」と思うことは止めようがないし、そんなことを何かの力を使って止めようとするのは単なるファシズムだ(逆の意味でいえば、自分がクソだと思った作品を淘汰するために悪意ある酷評で徹底的に叩き、世の中を自分好みの作品だけにしようとする行為もファシズム的だと俺は思うし、そういう人間は大嫌いだ)。だが、気分に流されやすい消費者が作品に対して安易に責任を取らない言説を垂れ流せるシステムがそのままの形で放置されていいのか、という問題については多角的な面からどうすればいいのか考えられるべきである、というのが俺のスタンスだ。

Amazonのレビューシステムはあんな状態だが、それでも一応Amazon側のスタッフが内容をチェックしてから掲載されている。だが、Amazonとほぼ同じシステムを使ったiTunes Music Storeのユーザーレビュー機能は、俺の推測だが恐らくAmazonが最低限やっているようなチェック作業をしてないのではないか。そのため、楽曲によってはかなり悲惨なレビューがたくさん付いている。単にユーザー側、クリエイター側のリテラシーでそういうレビューは無視すればいいじゃないかというのは簡単だけど、俺はシステム側の工夫である一定レベルまで達していないレビューはフィルタリングした方がいいと思っている。要するに喫茶店のダベリトークレベルの話はクローズドな場所、ネットでいえばSNSみたいなところでやっておけばいいじゃんっていう。もちろん、ダベリトークが全世界に公開されることで生まれる面白さがあることは否定しない。だが、今の状況はそれによる負の面があまりにも考慮されていないのではないか、と俺は思う。そこの部分はどうしたって結論出ないのかもしれない。でも、そこの部分をなあなあにするんじゃなくて常に今後を見据えて考えていく態度そのものが重要なのではないかと思うのですよ。

知り合いの高名な音楽評論家がこの前いみじくも言っていた。「今は消費者が音楽を購入するとき、雑誌の音楽評論よりもAmazonのユーザーレビューの方が信頼される時代だからさ」。自嘲気味に彼は言ったが、良い悪いじゃなくて状況認識として「正しい」と俺は思った。良い悪いじゃなくて、そういう時代。もちろん個々のユーザーレビューを見たときに雑誌の音楽評論よりも優れたユーザーレビューはたくさんあるし、雑誌の音楽(に限らずすべてのジャンルの)評論の在り方も見直されなければならない時期にきているのかもしれない。しかし、それでも評論(以前のものも含めて「レビュー」や「ブックマーク」の場では評論として一緒くたにされてしまう状況を含めて)がカジュアル化した現在の状況がポップカルチャーの制作現場に良い影響を与えているとは俺は思えないのだ。

単なる賞賛より的確な批判の方がクリエイターの次の作品作りにとっては良い材料になるという話も理解できるが、実は「0→1のクリエイター」は、それすらもあまり関係なく自分の衝動でモノを創っているケースも多い。だったらくだらない批判なんかも関係ないだろうという話もあるが、これが逆で批評の名を借りた剥き出しの悪意が自分に向けられることに対して過敏に反応してしまう人もいるのだ。実は「賞賛よりも的を射た批判がクリエイターの糧になる」というのは、俺個人は「1→10のクリエイター」の人たちなのではないかと思っている。俺自身が完全に「1→10」の人間だしね。俺は「0→1」の人たちが気持ちよく創作活動を行ってくれて、それができれば食うに困らないくらいの報酬も彼らにもたらすような「環境」を作れればいいなと思っている。ありきたりな言い方になるけど、そういう環境がなければ文化的な「豊かさ」は生まれないのではないか、みたいな。

音楽の話でいえば、IT技術やネットが進化したことによってインディーが力を得られ、これまでメジャーレコード会社に独占されていた「音楽を消費者に届ける」ということが、自分たちの好きなようにできるようになった。ロングテールのアーティストに「食える」可能性をもたらしたという意味で、IT技術やネットは最大限評価されるべきだろう。しかし、そういうポジティブな面だけでなく、ネットの公共性や、あまりにも簡単にデジタルコピーされて流通してしまう状況が(すべてとは言わないが)「0→1」の(場合によっては「1→10」も含めた)クリエイターたちを苦しめていることも事実である。しかし、それを嘆いたところでAmazonのレビューもはてなブックマークも2ちゃんねるもファイル交換ソフトもなくならないし、もう昔に戻ることはできない。だからこそ今、昔の状況は本当に良かったのか、ということも含めてコンテンツ制作にIT・ネットがもたらしたものの功罪両面を洗い直していく必要があるのではないかと思う。

| インターネット全般 | この記事のURI | Posted at 00時56分 |

2006年03月17日(金)

来るべきデジタル音楽時代に備え「デジタル音楽勉強会」を今後月一のペースで開催していこうと思います

えーと、個人的な話なのですが不肖私儀、この春から文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会の委員として、私的録音録画見直しも含めた抜本的見直しの議論に参加することになりました。ITやデジタル音楽に詳しい消費者寄りの立場からの発言を求められてのことかと思います。私的録音問題の今後をどうやっていけばいいのかってことは僕自身の中でも完全に結論出ているわけではないので、いろいろ勉強して若輩ながら意見を言っていこうと思ってます。

で、ですね。せっかくそういう機会を頂いたこともあるので、前々から思っていたのですが、レーベルとかIT業者とかインディーズミュージシャンとか、今後デジタルを使って音楽ビジネスに関わっていこうと思っている人たちで集まって今後デジタル音楽がどうなっていくのかいいのかとかそういうことをみんなで雑談しながら考える「勉強会」みたいなものをこれから月一くらいのペースで開催しようと思っています。まぁ勉強会っていっても、講師とか呼んでやるような大層なものじゃなくて、とにかく立場とか関係なしに活発な意見交換ができるといいなーと。第1回は4月12日(水)を予定しています。参加費とかもいらないので、そういう勉強会に興味がある人はぜひふるって参加していただければありがたいです。

第1回「デジタル音楽勉強会」 概要

●開催日時:2006年4月12日(水)午後5時〜7時

●場所:東京都世田谷区下北沢周辺(参加確定者に詳細をお知らせいたします)

●参加条件:
・現在、デジタル技術やIT技術を使った音楽ビジネスに何らかの形で携わっていること
・デジタル技術やIT技術を使った何らかの音楽ビジネスの立ち上げを考えている
・音楽が好きで、デジタル音楽がもたらす様々な可能性に対してポジティブな考えを持っている
・勉強会の席上で出たオフレコ話を外部に漏らさない

●募集人員:特に制限なし(ただし、会議室のスペースの関係で応募多数の場合は場所が変更になる、もしくはお断りする場合がありますので、あらかじめご了承ください。)

●費用:一切無料(交通費は自己負担でお願いします)

●応募方法:氏名、所属、現在どのような形で参加条件を満たしてるかを記載したメールを送ってください(送付先はこのサイトの「メールはこちらに」に書いてあります。参加希望以外のお問い合わせもそちらにお願いします)

●応募締切:2006年4月7日(金)

皆様のご参加、お待ちしております!

※今回の募集は締め切りました! また次回5月に開催しますのでよろしくお願いします

| デジタル音楽勉強会 | この記事のURI | Posted at 17時16分 |

2006年03月09日(木)

AppleがiTunes Music Store上でサブスクリプションモデルの動画配信サービスを開始&サブスクリプションサービスの今後を考える

iTunesでサブスクリプションサービス「Multi-Pass」がスタート(CNET Japan)

Apple iTunes to sell monthly subscription to shows(Reuters.com)
(⇒翻訳

Apple iTunes to sell monthly subscription to shows(Reuters.com)
(⇒翻訳

サブスクリプション方式への第一歩? iTMSが「Multi-Pass」導入(ITmedia)

アップル、米iTMSで定額料金制のテレビ番組配信を開始(ASCII24)

一番下のASCII24の記事でコメントしてます。コメント部のみとりあえず引用。

Multi-Passは、ケーブルテレビの月額課金に慣れたユーザーの受け皿として用意した側面が強い。「テレビなら月いくらで専門チャンネルが見られるのに」といったような視聴者の声に応えるためだ。

既存のテレビ番組は、ミュージックビデオのように無料で配られることが前提だったビデオとは状況が異なる。権利も複雑で、有料サービスとしてフィックスされているものが多い。アップルは、今後コンテンツを増やすためにはさまざまな課金体系を用意しておくほうがいいと判断したのではないか。

米国では学生などの若年層を中心にサブスクリプション型の音楽配信サービスが会員数を増やしているため、アップルは“iTunes”ブランドにおいてサブスクリプション型も視野には入れているはず。Multi-Passはそのための“試金石”という側面も持っていると考えられる。

どこも「アップルがサブスクリプション(月額会員制)サービス導入」という感じで伝えているが、いわゆるRhapsodyやNapsterのようなわかりやすいサブスクリプションとはちょっと違うようだ。そのあたりの詳しいところはJapan.internet.comの記事が参考になる。

Apple の新たなコンテンツ販売形態は、期間契約型か否か(Japan.internet.com)

発表によると、Multi-Pass によって、翌月放送分にあたる16本を購入できるという。iTMS 上の説明では、最新話1本と今後放送する15本を購入するものとなっている。価格は9.99ドルだが、Multi-Pass をサブスクリプション型の販売モデルと考えるなら、この金額が「契約料金」だ。Multi-Pass を「契約」した場合、対象期間 (本数) のエピソードが iTMS 上に登場次第、自動的にダウンロードする。もちろん1本単位でも購入でき、その場合、各エピソードの価格は1.99ドルだ。

iTMS では、これまでもテレビ番組について「シーズン」単位のパック販売を行なっている。Multi-Pass もこうしたパック販売の一種と考えられるが、iTMS 上で未提供分を購入するという点が従来のパック販売とは異なり、サブスクリプション型の要素を備えているといえる。

「シーズン」単位のパック販売と同じく、Multi-Pass も1本単位より割安価格で購入できる。単価1.99ドルのエピソード16本を9.99ドルで購入すれば、22ドル近く割安で、かなり大きな値引率だ。

要するにリアルタイムで提供されるコンテンツ(テレビ番組)を先払いで「まとめ購入」しておき、それがPodcastingのように自動配信される、ということだ。コンテンツの値引きを行うことでまとめ買いを促進させ、それが結果としてサブスクリプションサービスのような側面を持つので、サブスクリプションサービス導入というような報道になっているのだろう。

ASCII24の記事に寄せたコメントで「音楽のサブスクリプションサービスもアップルは視野に入れているだろう」とあるが、実際のところは、変な話本当に「視野」に入れているだけであり、サービスとして提供してくるかどうかは今後の消費者ニーズ次第なのではと俺は思ってる。

というのも、今アップルが音楽配信サービスにおいてはサブスクリプションを導入する意味があまりないからだ。欧米でRhapsodyやNapsterなどのサブスクリプションサービスが会員数を増やしているといっても、基本的に利用者層は所得の少ない学生が中心という面がある。それらのサブスクリプションは携帯プレーヤーに転送できる「ToGo」サービスの提供で大幅に会員数を増やしたが、実際のところToGoで持ち歩くプレーヤー(iRiverやDELL、Creative Mediaなど)で、消費者的に魅力あるプレーヤーがそこまで出てきているわけでないし、シェア的にもiPodはやはり強い。この前10億ダウンロードを達成したように、順調にダウンロード数が伸びて、ダウンロード配信のデファクトとなっているiTMSで、別に採算性の悪いサブスクリプションサービスを性急に導入する必要はないのだ。ただ、もちろんサブスクリプションが徐々にではあるが伸びていることは事実であり、消費者ニーズが急速にサブスクリプションの方に傾いていったときに対応できるような準備はしているんじゃないかとは思う。

個人的にやったらおもしろいんじゃないかと思うのは、「iPodに転送できないが、今iTMSでできる試聴がフルコーラス聴けるサブスクリプションストリーミングサービス」はアリなんじゃないかと思う。「iPodに転送したい人は買ってください。PCの前でストリーミングで聴く分には月500円払ってくれればいいですよ」みたいな。

サブスクリプションサービスといえば、大々的に発表されたのはいいがその後ほとんど何の音沙汰もないタワーレコードの日本版Napster。いろいろと入ってきている噂レベルだと日本のメジャーレコード会社からは総スカンを食らっているらしく、現状Napsterがやろうとしているサブスクリプションモデルに楽曲を提供するメジャーレコード会社はないそうだ。そのため開始時期も遅れに遅れており、このままだと海外のインディーしか集まらないみたいなショボいサービスになる可能性があるのだとか。要するに複雑なお家事情でなぜかISPであるSo-netが独自に海外インディーから買い付けせざるを得なくなった悲運のサブスクリプションサービスWonder Jukeと同じ運命をたどる可能性が。NTTドコモとしてもかなり今の状況は痛手だろう。「着うたって一度ヒットしたらこっちが在庫管理とか面倒なこと何もしなくても、お金ががっぽがっぽ入ってきて素晴らしいですね!」とかそんなことを今更ながらに言ってるアホなレコード会社社員にもにこやかに応対して、着うたビジネスを軌道に乗せてLISMOもうまくやろうとしているauとは大違いですな。話を聞いている限り、少なくともドコモはNapsterでなんかやるより、ほかの音楽配信ビジネスでレコード会社にからんでいくしかなさそうな感じだね。といっても、NTTがらみはレコード会社から評判悪かったりするしなぁ。元親方日の丸と、エンタメ産業という企業文化の違いとかもあるんだろうけど、どっちもCDバブル、ITバブル時代を経てずさんなネットビジネスしかできなくなってて、それらが仲悪いってのは単に同族嫌悪じゃねーの? とか俺は思ったりもするんだけどね。

| 音楽配信 | この記事のURI | Posted at 17時17分 |

2006年02月10日(金)

SMEの動画配信サービス「MORRICH」が3月で終了&音楽動画サービス2.0は?

某関係筋から、ソニーミュージック(正確には音楽や映像のネットワーク系ビジネスの部署が分離独立したSMN・ソニーミュージックネットワーク)が運営するブロードバンド映像配信サイト「MORRICH(モリッチ)」が3月くらいを目処に終了するというリーク情報が入ってきた。この手のサイトとしてはMORRICHはかなり歴史が古く、MORRICHが開設されたのはiTunes Music Storeが動画販売ビジネスを行う4年以上も前のことだ。まだブロードバンドが全国的に行き渡ってなかった当時、SME所属アーティストのPVが500Kbpsのクオリティで24時間フルに流れるという試みは当時としては非常に画期的だったし、俺も有線放送代わりに結構使っていた。その後MORRICHは動画コンテンツ(PV/ミュージックビデオ)を100円でオンデマンドストリーミング配信するOnline Videojukeを2003年10月1日から開始するという流れを生み出すのだが、これもiTMSの動画販売から考えれば、約2年前にPV販売ビジネスを既に事業としてスタートさせていたということだ。ただし、価格は安いものの、ストリーミングで1週間しか見られないという仕様や、iPodのように外に持ち運べるプレーヤーがない(他ならぬ親会社のソニーがこんな商品を出していたにも関わらずね)といった諸条件が重なって、ユーザーから支持されることはなかった。Gyaoと同じではっきりいって採算なんかほとんど取れてないだろう。

これが「時期尚早だった」と片付けるのは簡単だけど、問題はそれだけじゃない。せっかくPV(ミュージックビデオ)の単体販売ビジネスの可能性をいち早く示したのにうまい形でそれを活かせなかったのはまあソニー的にはいつものことというか、ソニーの伝統的なお家芸というか、お約束、予定調和の展開というか、そんなことを思いつつ、これから音楽動画サービスはどうなるのかなぁと思っていたらちょうど「MORRICH終了」という情報が飛び込んできたというわけだ。

とは言うものの、実はリークといっても、めちゃめちゃ細かい情報が入ってきたわけじゃなくて俺のところには「3月くらいにMORRICH終了らしい」程度の情報しか入ってきていない。いわゆる動画コンテンツサービスポータルとしてのMORRICHだけ閉めるのか、Online Videojukeだけは生き残るのかといったサービスの具体的な今後については正式な発表を待つ必要がある。

単純にMORRICHという形は一度リセットして新しい音楽動画コンテンツの販売サービスを立ち上げるかもしれないし、当分の間ここの部分は様子見で、新規サービスを水面下で用意する可能性もあるし、それともSCEIと提携してPSP向けのサービスをやるって展開も選択肢として用意されていないわけではないだろう。ソニー(&SME)は常に我々の斜め上を行く展開で我々をサプライズさせてくれるので、もしかしたら今回のMORRICH終了もその布石なのかもしれないね。

で、今後の展開だ。考えられる現実的なものの1つは「ウォークマンAが動画対応し、Mora上でミュージックビデオの販売が開始される」というものだろう。ただ、ここのところ、Moraでやるのか別にストアを用意するのかって話はある。ただ、普通に動画対応ウォークマンA開発するくらいなら、既に動画対応していて無線LAN積んでるPSP使えよって話もあるわけで。このあたりソニー(とSME)がどのように考えているのかは興味がある。

結局ソニーの社内的にPSPという機器がどう捉えられているかっていうことがこのあたりのビジネスに大きな影響を及ぼすことは間違いない。PS2がブロードバンド接続した時点でSCEIの久夛良木社長は音楽や動画のコンテンツ配信サービス的なものをずっとぶち上げてきたけど、結局ゲーム以外のそういうコンテンツ配信でまともに具体化したものってないんだよね。社内政治的な部分が影響しているのかもしれないけど、個人的にPSPのロケーションフリー対応や、動画を視聴するデバイスとしての能力には(UMDビデオビジネス込みで)可能性を感じているので(実際に米国ではそれで大きな結果を残してるしね)、どうせ大々的にこっちの方向でやっていくなら、ウォークマンAなんかじゃなくてPSPに集中させてやっちゃった方がいいんじゃないかと思う。近いうちハードディスク搭載PSPも出してくるだろうし。

余談になるけど、最近俺の知り合いのライターが高名なソニー評論家のところに取材に行ったら「『ソニーがヤバい』とか言ってるヤツは2ちゃんねるの見過ぎ」というステキ発言を頂いたそうで(笑) 同意同意!(といってもヤバい部分はたくさんあるとも思うけどね) PSPは米国ではゲームも調子いいし、それ以上に動画が好調。米国の市場規模考えると大きい。日本でもDSが化け物なだけで、PSP自体はまぁそこそこ売れてるし、Felicaは独占状態だし、BRAVIAも好調みたいだし、ここ数年がひどすぎた分、きちんと戻してきている。それだけじゃなくて好材料もたくさんあるんじゃないかと。まぁそれにしたってrootkit問題とかは論外も論外なわけだが。ただ、あれも最終的には現実的な和解金額で落ち着くんじゃないだろうか。リスナーを敵に回したことは間違いないけど、それがどこまで悪影響を与えるかっていうのは経済的観点で見たら全然違う話になる部分もあるからね。大体アーティストを「人質」に取られている多くのリスナーは好きなアーティストが新しい作品出したときに「不買運動」なんてそもそもできるわけがないじゃんっていう。だからこそムカつき度も上がるわけですが!

閑話休題。話がずれまくった。しかもソニーとソニーミュージックの話もごっちゃになってきた。それはいいとして音楽動画サービスだ。

まず一点明らかにしておきたいのは、俺は今のiTMSの動画販売サービスに強い不満を持っている。何より画面解像度が小さいし、このクオリティのものを楽曲の倍の値段で売るのかという感情が素朴にある。要するにiTMSを始めたときに感じられたジョブズの「強い意志」よりも、割と現実的かつ無難な著作権者に「配慮」した感じがプンプン臭うんだよね。まぁ今回はミュージックビデオだけでなく、多くの米国テレビネットワークも巻き込んだビジネスになってるからそうなっているのかもしれないけど。でも、かたやMTVやらケーブルテレビやらで(日本ではスカパー!のVMCやviewsicで)PVってのは「無料(厳密には無料じゃないけどそれに近い感覚)」で流されていて、それをハードディスクレコーダーを使ってがしがし録画して自分の欲しいものだけカットしていけば、たいていの欲しいPVは手に入ったりする現状があるわけで(そもそもがiTMSの動画販売サービス自体がそういう放送レベルで流されるような非ロングテールなPVが多いということも考慮に入れなきゃならないだろう)、しかもダウンロードした動画の取り回しもしにくい。いろいろな意味で今のサービスレベルや価格で続ける限り、少なくとも音楽動画に関してはどこかで行き詰まりがあるのではないかと思ってしまうわけだ。もっともジョブズはそんなこと百も承知でずっと先々の展開まで考えているのだろうが。

今もっともおもしろい音楽動画サービスは何か。それは間違いなくYoutubeRevvervSocialといった「2.0」思想に裏打ちされた各種の動画共有サービスだろう。もちろんGoogle Videoもこれに含まれる。サービスの具体的内容については散々ほかのブログとかで語られているので割愛するが、要はこういう動画共有サービスにレアな音楽ビデオがたくさん登録されていて、利用者はすぐに見ることができるのだ。Google Videoに至ってはご丁寧にiPodやPSPの形式に変換してダウンロードする機能も付いているし、合法コンテンツとユーザーが違法にアップロードしたコンテンツが同じページからアクセスできるという、半ばKazaaのようなファイル交換ソフトと似たような混沌的状況を作り出している。とにかく違法なアップロードがあるだろうと知りつつトラフィックを集め、人々にはこれだけ動画ニーズがあるんだということを示したあと、きちんと合法ビジネスを展開するというのはいかにも米国のネットベンチャーだなと思うわけだが、こうした動画共有サービスで音楽動画の人気が非常に高いというのはやはり注目すべき現象だと思うのだ。

個人的にこうなって欲しいという方向性でいうと、やはり「完全合法のYouTube」ということに行き着く。実は今でもそうなのだがYouTubeはアップロードされた動画コンテンツの著作権処理をYouTubeが代行してくれるという「名目」がある。これが今後キモになっていくのだろうと。まぁ実際のところアップロードされたファイルのどれだけが適正に著作権処理されているのかは疑問だが(というか実際問題ほとんどできてないだろう)、今後こうしたサービスがメディアとして価値があるとコンテンツ側が判断した場合、一定の処理ルールに基づいてアップロードすればOK(例えば、ユニバーサルミュージックが現在権利を持っているアーティストの2000年以降のPVであれば、ユーザーが勝手にアップロードして構わないよ、みたいな)みたいな展開もあるかもしれない。iMeshの完全合法化とかSnocapの普及といった事実を見るに、そういう「超流通」的な部分に米国のネット界隈は急速にシフトしているように思える。Revverの広告モデルなんかも、こうしたサービスを「マーケティング機能込みのターゲットメディア」として確立させることで、コンテンツを持っている側の合法利用促進を狙っているということも容易に想像できる。果たしてGoogle Videoの「併売」か、YouTubeの「権利処理」か、Revverの「広告」モデルか、どれが今後の趨勢になるのか(あるいはそれらが複合的になっていくのかもしれない)はわからないが、とにかく今年はこのジャンル・サービスが一番熱いってことは疑いのない事実だろう。あ、そういえばユーザーが勝手にアップロードした音楽ファイルの著作権処理を代行してくれるサービスって既に日本にありましたよね……そう、レコミュニ。紹介制をやめ(俺から言わせたら紹介制をやめるのが1年遅かったけど!)、細々といろいろな楽曲のアップロードが続いているレコミュニ(良い曲結構多いよ! 素でPhewの曲とかアップロードされてるしね)だけど、アップロードされた楽曲の処理が行われるというモデルはそこそこ機能している。このノウハウを活かしてレコード会社と喧嘩上等で日本版音楽専用YouTubeやればいいのに……とか思ったりもして。まずはニッチなインディー系のジャンルからスタートすれば何とかなるんじゃないか。いやでも帯域のコストが大変か……。

折しも日本でも先日インターネット放送を「通信」ではなく「放送」扱いにして、コンテンツの著作権許諾を大幅に簡素化すべしという方針が文化庁から示された。これが本格的に進めば日本でもYouTube、Google Video的なサービスが合法的に登場するのかもしれないね。コンテンツを持っている側は必死で抵抗するだろうけど、もはやネットの世界ではそんな意識じゃ追いつけないことは間違いないわけで。「だったらユーザーから金とったるわい」っていう米国流の方が現実的だよね。

いずれにせよ、音楽動画に関しては環境的にいろいろなことが面白くなってきたという感じ。MORRICHは時代の徒花的存在だったけど「1.0サービス」としてはよくできていた。素直にそれは褒めたいし、ソニー&SMEには今後失敗した原因を活かして消費者にとって魅力あるサービスを展開して欲しいものです。

(追記)
と思ったらさっそくこんなニュースが! MTVとYouTubeが提携して、宣伝媒体としてYpuTubeを活用していく方針らしい。アーティスト個々レベルでも宣伝媒体としてYouTubeを利用しようという動きも出てきているし、この流れの早い2.0時代にNapster時代のような悠長な裁判とかやってる暇ないという判断なのかもしれないね。

| 音楽配信 | この記事のURI | Posted at 04時28分 |

過去のニュースへ

_EOF_