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  • 音楽配信メモの更新は終了しました(2002.1.11〜2014.8.23)。

ナタリーってこうなってたのか 表紙

ナタリーってこうなってたのか

大山卓也 著 / 双葉社

ISBN:978-4575307009 / 版型:18.2×12×1.2cm
ページ数:184ページ / 定価:1080円(税込)

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2006年11月20日(月)

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」のシンポジウム詳細が決定しました

おかげさまでいろいろなところで話題になっている「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」ですが、ようやく12月11日に行われるシンポジウムのパネルディスカッション参加者が決定いたしました。

構成及び出演者

●第1部
(1)基調講演
上野達弘(立教大学法学部助教授)

(2)保護期間延長賛否意見講演
賛成の立場から:三田誠広(小説家)
反対の立場から:福井健策(弁護士)

●第2部
(1)パネルディスカッション
パネリスト:
竹熊健太郎(文筆家、編集者)
田中辰雄(慶応義塾大学経済学部助教授)
富田倫生(電子図書館「青空文庫」呼びかけ人)
平田オリザ(劇作家、演出家)
松本零士(漫画家)
三田誠広(小説家)

パネル司会:中村伊知哉(慶応義塾大学教授、国際IT財団専務理事)

※以上50音順、敬称略

(2)質疑応答・会場討論

という感じです。賛成派からは三田誠広さん、松本零士さん、反対派からは富田倫生さん、竹熊健太郎さん、経済分析の立場から田中辰雄さん、劇作クリエイターの立場から平田オリザさんと、多彩な顔ぶれになったと思います。こういう問題で真剣に賛成派と反対派が議論を闘わせる場というのはほとんどなかったですからね。

申し込みはこちらのページからできます。既に申し込み枠が残り少なくなってきているので、お早めにどうぞ。

ネット中継ですが、サーバを提供してくれる方が何とか見つかりました。何人ぐらいまかなえるかは微妙ですが100名程度は大丈夫だと思います。

また、生中継だけでなく翌日ぐらいにはネット上にファイルを置いてオンデマンドストリーミングできるようにしようとも思っています。「その時間は予定が入ってて絶対にダメ!」という方もご安心いただければと思います。

せっかくこれだけの顔ぶれが一堂に会すわけですから、シンポジウム、盛り上がってもらいたいなーと思ってます。できるだけいろいろなところでこの情報告知していただいて、来場者が増え、活気のあるシンポジウムにできればと。皆様告知よろしくです!

| 著作権 | この記事のURI | Posted at 05時16分 |

2006年11月16日(木)

MySpace日本語版についてのコラムを書きました

マイスペースは日本の音楽業界を口説くウルトラCを出せるか(NIKKEI NET:IT-PLUS)

日本版MySpace、なかなか大変そうですよね……。

| 音楽配信 | この記事のURI | Posted at 11時48分 |

セミナーとシンポジウム告知

今月行われる2つのイベントの告知がまだでした。

JASRACシンポジウム2006 知的財産権の本質と今日における課題 〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜(JASRAC)

国は、今年で4回目の計画となる「知的財産推進計画2006」を本年6月に策定し、知的財産立国をめざして、この推進計画に基づく知的財産の創造、保護及び活用とコンテンツを生かした文化創造国家づくりに向けての取組みを積極的に推進しています。

一方で、著作物は、知的財産の主要な柱であり、コンテンツと極めて密接な関係にあることから、この取組みの中で大きな位置を占めるべきものであります。そのような著作物は、創作者により生み出され、適切に保護され、有効に活用されることによって初めて生命が吹き込まれるものであり、この創造、保護及び活用のサイクルが互いに良き関係を構築しながらバランスよく機能し、拡大することにより、真の知的財産権制度の発展があると考えます。

このことを踏まえながら、今回のシンポジウムでは、知的財産権の本質とその中での著作権の特質をその原点に立って考察し、創造のサイクルとそこにおける著作権の役割について掘り下げ、発展する知的財産権制度における著作物と著作権の将来像を模索していきます。

●日時
2006年11月28日(火)

●開演
14:00〜17:30

●会場
イイノホール :東京都千代田区内幸町2丁目1番1号
(東京メトロ「霞ヶ関」「虎ノ門」、都営地下鉄「内幸町」下車)

●入場料
無 料(招待制/事前申込みが必要です)

2004年、2005年にも出させて頂いたJASRACシンポジウムのパネルディスカッションに(なぜか)3年連続で呼ばれました。創造のサイクルねぇ……。著作権をレベゼンするような感じでリスペクトしてきます。


もう1個は動画配信のセミナー。

動画配信ビジネスの現在と未来(SSK 新社会システム総合研究所)

10月9日、検索エンジンで有名なGoogleが世界でもっともトラフィックを集める動画投稿(共有)サービスであるYouTubeを16.5億ドル(約2000億円)で買収し、話題を集めた。果たしてGoogleはYouTubeを"買う"ことで何を狙っているのか。そして日米で加熱する動画配信ビジネスの「ビジネスモデル」はどこに落ち着くのか。動画配信サービスが乱立する中、今後は配信される動画コンテンツだけでなく、サービスの質や技術的なレベルが差別化のポイントになると言われている。

本セミナーでは、YouTube買収をもたらした米国の最新動画配信ビジネスの現状から、現在注目されているサービスの紹介、そして日本の動画配信サービスの現状と今後を日米の著作権事情の違いを踏まえて解説する。

●開催日/時間
2006年11月30日(木)午後2時〜午後5時

●会場
明治記念館
東京都港区元赤坂2−2−23
(03)3403-1171

●受講費
1名につき29,800円(消費税込)

業界人向けビジネスセミナーなので、料金がお高いですが、興味ある方はどうぞお越し下さい。

| お知らせ | この記事のURI | Posted at 09時29分 |

2006年11月09日(木)

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」を発足しました&お願い

詳細は下記サイトに書かれております。

著作権保護期間の延長問題を考える国民会議(著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org)

昨日の記者会見は、実に多様なメディアの方々にお越しいただきました。ありがとうございます。ウェブで読める記事を以下羅列しておきます。

クリエイターら、著作権保護期間延長の議論を呼びかける国民会議発足(INTERNET Watch)
「著作権保護期間の延長、議論を尽くせ」――クリエイターや弁護士が団体発足(ITmedia)
「議論尽くさない著作権保護期間の延長にNO」・作家や弁護士らが団体発足(NIKKEI NET:IT-PLUS)
著作権の保護期間延長に慎重論議を 別役実氏ら申し入れ(asahi.com)
著作権保護期間、安易な延長を危惧…国民会議が要望書(YOMIURI ONLINE)
著作権保護で「国民会議」、劇作家らが発足(NIKKEI NET)
著作権保護延長、時間かけて議論を=別役実さんら文化庁に要請(時事ドットコム)
著作権保護期間延長 国民会議が発足 議論求め要望書(Sankei Web)

記者会見開始から終了までを録音したMP3ファイルをthinkcopyright.orgのトップページに置いておきました。こちらのリンクからダウンロードすることもできます。INTERNET Watchの記事は非常によくコメントの詳細がまとまってますが、それでもコメントのさまざまな部分が抜け落ちてしまっているので、この問題に興味があって、お時間がある方はダウンロードして記者会見全部を聴くことをオススメします。1時間弱ですしね。


僕自身は今回世話人として、主に実務担当だったということもあって、会見ではこの問題に対するスタンスを明らかにしませんでした。まぁ思うところはいろいろありますがシンプルに羅列すると。

・著作権保護期間「死後」で計算されるのは、寿命の長さによって不公平が生じるので、「作品」ごとに一律「公表後○年で切れる」というようにした方がいい。個人的には作品の経済性などを考えると、公表後20年程度でパブリックドメインになるのが妥当ではないかと思っている。

・「死後50年」がベルヌ条約との絡みで動かせないというのなら、これ以上のむやみな延長は避けるべき。アメリカは50年から70年にしたあと、さらなる延長を目指している。70年が切れる時期が近づいたらさらに延びる提案がなされるだけだ。つまり、今回の問題は「50年にするか70年にするか」という期間の問題ではなく、「50年にするか永続的著作権にするか」というところに事の本質があると考える。

・健全な「創造のサイクル」を守るには、仏著作権法の「パロディ条項」にみられるように、保護期間内であっても一定の範囲でパロディやオマージュといった手法を使って合法的な創作活動が行える環境を整備すべきだ。

・この問題を考える際にもっとも重要なことは、創作のもっとも上流に位置する「クリエイター」本人たちが、権利を譲渡する著作権者・団体とは無関係な立場で議論に参加しなければならない。


そんな感じです。まぁ、耳障りの良いことだけいって何もしないのもアレなので、近いうちに今まで僕が出した単行本で「もうこりゃ増刷しねーだろうなー」という本は、出版社に絶版にしてもらって青空文庫で読めるようにしようと思ってます。

で、実際にインプレスから昔出した「だからWinMXはやめられない」つー本は、もうインプレス的にも増刷の見込みはないし、書籍は廃棄処分にしよう的な流れになってるらしいんですけど、電子出版のPDF版・携帯電話版が現在も売られているので、書籍はもう流通しなくてもインプレス的に「絶版」という概念にできない、というねじれた状態があるのだとか。結局パブリックドメインにする(俺個人に完全に著作権を戻す)には、インプレスとの契約を解除して、電子書籍の販売を中止しなきゃいけないので、そのあたりの処理が結構面倒みたいです。

つまり、電子書籍というフレキシブルな存在があるために、著者と出版社との契約関係が面倒になる事態が生じているわけで、このあたりはインターネット時代に現在の著作権制度が追いついていないんじゃないか、という1つの典型例と言えるかもしれませんね。

えーと、あと1つ、お願いです。この記事で「映像の生中継になるか音声のみになるかは未定だが、ネットで生中継する」と僕が発言してますが、実はまだ動画の生中継ストリーミングをホスティングしてくれる業者が見つかってません。いや、正確には業者なんてたくさんあるので、そこにしかるべきお金を払ってやればいいんですけど、動画の生中継(しかも、それなりの人をさばけるサーバーのホスティング)となると大体数十万円くらいはかかるんですよね。この国民会議、おかげさまでいろいろな「後援」団体は付きそうな気配なのですが、後援といっても金銭的なサポートは(今のところ)一切受けてません。ぶっちゃけ中心メンバーの手弁当持ち出しでやっているので(それに対して不満を言うつもりはもちろんありませんが)、どこか動画生中継用のストリーミングサーバーをボランティアでシンポジウムが行われる12月11日に提供してくれるところがないかなぁと……。一応各方面に当たってはいるのですが、時間がないということもありますし、色好いお返事がもらえるかどうかもわからない状況です。どこか手を挙げてくれるサーバ業者の方、またはそうしたところにつなぎが取れる方はご連絡いただければとてもありがたいです。あと、単純にシンポジウムの規模を考えると人手はいくらあっても困らないので、もし「ボランティアで手伝ってもいいよ」という方がおられましたらinfo@thinkcopyright.orgの方までご一報くださいませ。

| 著作権 | この記事のURI | Posted at 07時53分 |

2006年10月20日(金)

MOK Radio 活動休止のお知らせ

MOK Radio 活動休止のお知らせ(MOK Radio)
MOK Radioの休止について(ユルス)

2003年7月の放送開始以降、皆様の暖かい声援に支えられて活動してきたMOK Radioですが、2006年9月をもちまして活動を休止することになりました。

応援して下さっているファンの皆様のためにも、なんとか続けていくことができないかとメンバー、スタッフ間で話し合いを重ねましたが、現在の形での放送は困難であり、しばらくお休みしようという結論になりました。休止の理由は語学留学です。

今後はそれぞれがMOK以外の場所で経験を重ね、そこで得たものをいつかまたMOKに持ち帰ってきたいと思います。解散ではなく、前向きな気持ちで選んだ活動休止です。今まで応援して下さったファンの皆様には心配をおかけしますが、しばらくはメンバー個々の活動を暖かく見守っていただければと思います。


2006年10月20日
MOK Radio Tribe
津田大介、タクヤ、実験4号、キョウオカ

俺が「ラジオ」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。10歳の冬、東京都北区の自室にあった妹のラジカセからその旅は始まった。

あの頃は深夜番組を聴くことに夢中になり投稿したハガキが採用されて読まれることだけを目指した。そして、ひたすらラジオ番組を楽しんだ。ラジカセは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。 単なる一ラジオファンからネットラジオパーソナリティー、音楽業界のことを語っているうちにそして民放ラジオへの出演依頼がきた。

J-WAVE、TOKYO-FM、NHKラジオ、TBSラジオへも招聘され 日本中のさまざまなラジオ局でいくつもの番組に出演した。

ラジオはどんなときも俺の心の中心にあった。 ラジオは本当に多くのものを授けてくれた。 喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、 “糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこの60回記念ラジオを最後に約3年間放送したMOK Radioを活動休止しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。 今言えることは、ラジオという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。そう思ったからだった。

ラジオは音楽を流すという意味で最大の力を持つメディア。それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。番組は多くの期待や注目を集め、そして聴取率の為の責任を負う。 時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び、時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

音楽業界のことを語るプロになって以来、「ラジオ、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負ってしゃべることの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたパーソナリティーのトークに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、休止前最後の放送になった9月22日の放送の後、ラジオを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたラジオへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為ある時は茶化しながら音楽業界のことを語り、またある時には敢えて無愛想・まじめに語った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

9月22日の放送後、チャットでリスナーと触れあう感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にリスナーへ挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国でも聴けるインターネットラジオにアクセスして、笑いながら、ときにはチャットで叱咤激励して全身全霊で応援してくれたファン――。神保町から吉祥寺までどこから放送しても聞こえてきた「これはひどいネットラジオですね」の声援――。

本当にみんながいたからこそ、3年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

ラジオという旅のなかでも「MOK Radio」は、俺にとって特別な場所だった。

活動休止前の放送の中では、タクヤ、実験4号というほかのパーソナリティー、スタッフのキョウオカ、そしてリスナーのみんなに「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてしゃべってきた。

俺はネットラジオというメディアの中で、MOK Radioの可能性はかなり大きいものと感じていた。 今のMOK Radioは個人のトークレベルは本当に高く、その上スピードもある。ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに3年間やってきた。時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

大団円を迎えることなく放送がこのような結果に活動休止してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでラジオを通じてみんなに何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この放送の後にいろいろと考えた。 正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか… ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで俺が伝えたかった何か、MOK Radioに必要だと思った何か、 それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。 それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないままMOK Radioそしてラジオから離れる、というのはとても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”がきっと次のMOK Radio、そして日本のネットラジオの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

活動休止をやめるまでは、プロのパーソナリティーとしてネットラジオを放送することはないけれど、ラジオをやめることは絶対にないだろう。旅先の路地で、草むらで、小さな部屋で、誰かとボールを蹴る代わりに言葉を発信するだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒に放送してきたすべてのパーソナリティー、スタッフ、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”

| 著作権 | この記事のURI | Posted at 18時43分 |

2006年10月19日(木)

執筆に参加した『あたらしい教科書 9コンピュータ』が10月25日に発売されます

プチグラパブリッシングが発売しているシリーズ「あたらしい教科書」の新刊『あたらしい教科書 9コンピュータ』で、執筆陣の一人として参加しました。

主にコンピュータと音楽・コンテンツ周りの原稿を執筆してます。このシリーズおもしろい本が多いので、興味ある方はぜひ書店で手にとってみてください。



監修:山形 浩生
イラスト:師岡とおる
アートディレクション:SOUP DESIGN
発行:プチグラパブリッシング
144P/A5変型/オールカラー

| お知らせ | この記事のURI | Posted at 18時54分 |

槇原敬之×銀河鉄道999のパクリ疑惑問題の件

槇原敬之に「999」盗作騒動(Sponichi Annex)
松本零士氏、槙原敬之に歌詞パクられた(nikkansports.com)

マッキーがパクリ? 普通に考えてそれはねえんじゃないの(少なくともプロの職業作曲家として、あからさまにわかるような「ヘマ」はしないんじゃないの?)と思ったらこういうことらしい。

松本氏が「盗作」と断じているのは、「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」――というサビの部分。これが「銀河鉄道999」(小学館刊)の第21巻に登場する「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」というフレーズに「そっくりだ」と主張している。

主語と述語が全然違うんじゃ……。表現としては似てるけど、ただ、これだけ短い文章の中で単語レベルで共通しているから下敷きにして作られたと言われても仕方ないだろうな、と思う部分もある。俺的にはこれはセーフかなぁ。クレジットとかに「Imspired by 銀河鉄道999」とか入れておけば問題なかったんだろうけどね。

この一件に限らず、著作権というのは純粋に財産権の侵害の部分と人格権、もっといえば「アーティストの心の問題」の部分の話がごっちゃにされて語られてしまう現状があるので(著作権保護期間延長問題もそれがまさにそれで、都合良くごっちゃにされて正当性を担保しようという動きと国際協調の動きで攻められているので、なかなか厳しい)、こういう議論をするときは俺は両者をきっちり分けて論じるべきだと思うんだけど(心の問題はそれこそ送り手と受け手それぞれの人によって違うから、共通認識を作ってそれを下敷きにした議論がしにくい。だからこそ法律の解釈で片がつくところは法解釈で話した方がいいんじゃないかと思う。というかそういうことがないといつまでたっても議論が先に進まない)、アーティスト(クリエイター)の側にいた人は今までそういう心の問題を主張できる場があまりにもなくて、それに対する不満が積年の恨みとしてあるから、今まさにこういう問題が紛糾しやすくなっているのかなぁと。

いずれにせよ、個人的にはこれぐらいの話でいちいち目くじらたてなくてもいいんじゃないの。それぐらいは許容していかないとそれこそクリエイターの「創造のサイクル」に余計なリミッターかかっておもしろいもの生まれてこないんじゃ、と俺は考えてしまうのだが、今回の一件は文句を言った松本零士が例の著作権保護期間延長問題で文化庁に要望出している日本漫画家協会の代表として記者会見していることと無関係ではないように思える。ある種の啓発、スポーツ紙とかが取り上げることで、こういう著作権問題自体に注目が行き、我田引水しやすくなるみたいな思惑もあるのかな。わからんけど。

スポニチの記事の中にある槇原事務所側の反論で

これに対し、槇原の所属事務所は「槇原が自分の言葉で作ったもの」と完全否定。「銀河…」を読んだことすらないとし「そこまで盗作呼ばわりされたら、先生の“銀河鉄道”というタイトル自体、先人が作った言葉ではないのかと言いたくなる」と不快感をあらわに。「ぜひ訴えていただいて…」とまで語り、法廷で争うことも辞さない構えだ。

というところ。ぱっと見ると、論点のすり替えというか、まさに詭弁の特徴の1つである「一見関係ありそうで関係ない話を始める」なんだけど、彼らがこの主張を裁判でするのかどうかはともかく、実はここにこの問題の本質が凝縮されているようにも思える。「銀河鉄道物語」も「銀河鉄道999」も言うまでもなく宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がなければ生まれなかった作品であるわけだしね。もちろん、パクリとかそういうことじゃなくて、古来、創作活動というのは既存の作品を下敷きにして新しい作品が生まれてきたわけだから。

まぁ、今回のケースはマンガ/アニメと音楽の歌詞、という点でメディアが違うし、対象となる部分もかなり限定されているから、創造のサイクルとかそういう話で語れる問題ではなく、純粋に裁判までいくなら裁判所が判断するしかない、ということだろう。裁判までもつれ込んだとき、どっちが勝つのかは五分五分じゃないの? それこそ東京地裁なんかは裁判官によって決まると思う。

となると、松本零士側が裁判を起こすだけのリスク・コストとメリットを秤にかけて、どうするかってことなんだけど。そのときのモチベーションが創作者としての「心の問題」なのか、著作権保護期間延長問題を見据えた「計算」なのか、そのどっちなのかということで展開が変わってくるんだろうなぁ。

著作権保護期間延長問題の話はまた別の機会(近いうち)にしますよ。

| 著作権 | この記事のURI | Posted at 17時29分 |

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