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ナタリーってこうなってたのか 表紙

ナタリーってこうなってたのか

大山卓也 著 / 双葉社

ISBN:978-4575307009 / 版型:18.2×12×1.2cm
ページ数:184ページ / 定価:1080円(税込)

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2007年07月25日(水)

A Nation of Thieves? - 盗人国民?

以下の記事は2002年当時のPrince(プリンス)の公式サイトNPG MUSIC CLUBに掲載された論文の翻訳です。記事の原文はInternet Archiveで読むことができます。記事の著作権はPrince本人とNPG MUSIC CLUBに帰属します。記事を許可なく転載することを禁止いたします(弊サイトはNPG MUSIC CLUBより当該記事の翻訳転載許可を頂いております)。

ここに掲載する翻訳はairhead氏によるものです。氏のサイトには原文と訳文、そして翻訳時の覚書が掲載されています。より理解を深めたい方はそちらの方を読まれることもオススメします。

A Nation of Thieves?
盗人国民?


21世紀にたどり着こうというころ、あることが起こった。メディア/エンターテイメント企業は「一極集中」「株主利益」を、これまでかろうじて重要としてきた顧客サービスや従業員尊重よりもはるかに重要なものとと捉えるようになった。企業の重役たちが受け取る報酬パッケージは天にも届かんばかりだが、その一方で、彼らに企業業績の責任を取らせることはほとんど不可能になっている。

人々は気づいていないと彼ら重役たちが考えているとしたら、その認識の甘さは相当なものだ。

そのあることについて人々は、問題なしとはいえない――実のところ大問題であると気づいている。この10年間で株式市場は、法的にも道理的にも適正な投資形態として外見上の信用を集めてきたが、最近になって発覚した数多くの巨大企業スキャンダルは、そこがこれまでと何ら変わらない、ノイローゼ気味の幼稚なギャンブラーたちが快楽を貪る病んだ場所であるということを明らかにしている。その後ろだてとされているのは無数の「名もなき」労働者や個人であり、必死に稼いだ老後の蓄えに何が起ころうとも彼らにはどうすることもできないのだ。

そこは企業の重役のほとんどが、彼らの製品やサービスの生産に携わる実際の人々についてよりもはるかに注目すべきと感じている場所でもある。何千人もの従業員の運命が毎日、目まぐるしく変わる無意味な数字やチャートの羅列を映すコンピュータの画面とにらっめっこをしている人たちの手に握られている場所である。そしてもし、ある企業が収支を好転させて「株主利益」を拡大するために「リストラ」を行っていると発表したばかりで、あなたがその株を個人的に取得することができたとしても、甘い考えは捨てた方がいい。その企業が「株主」と言う場合、それはあなたや、あなたが持つたった数千株について言われているのではない。そこで言われているのは大株主、すなわち市場価値のより重大な部分を保有している別の企業に他ならない。

そこは「敵対的買収」や政府承認の「合併」が多国籍規模の、生き残った重役たちのさらなる力の行使という果てしない循環を煽っている世界である。「World Company社」やジョージ・オーウェルの『1984』が風刺や作り話ではすまなくなり、次第に私たちの目前に姿を現しつつある、非常に現実的な「新しい世界秩序」についての予言的な記述と捉えられるようになるのも時間の問題だろう。


A Little History - 小史

まずは簡単なリストから始めることにしよう:America Online, 『Time』, 『Life』, Warner Bros., 『Fortune』, Elektra, 『Sports Illustrated』, HBO, Turner Broadcasting, CNN, Cinemax, 『Entertainment Weekly』, New Line Cinema, 『In Style』, Warner/Chappell Music, Time Warner Cable, WBN, ICQ, Warner Music Group, Netscape, People, Reprise, Rhino, Atlantic, WEA, TNT, MapQuest, WinAmp, In Demand, Erato, Moviefone, Road Runnerなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(AOL Time Warner)。

もう一つ見てみよう:Universal Music Group, Verve, Nathan, Canal+, Impulse!, Cegetel, USA Networks, Decca, Interscope, Geffen, A&M, Barclay, Armand Colin, 『L'Express』, Universal Studios, Larousse, Sierra, MP3.com, MCA Records, Deutsche Grammophon, Cineplexなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(Vivendi Universal)。

さらにもう一つ:Disney, ABC, ESPN, Hyperion, Miramax, Touchstone, Hollywood Pictures, A&E, The History Channel, E! Entertainment, RTL-2, Buena Vista, Mr. Showbiz, Wall of Sound, Mammoth Recordsなど。 これらはすべて、同じ巨大企業に所有されている(Walt Disney)。

この説明で足りないというのなら、あなた自身の目で確かめていただきたい…… 既に巨大企業の数はすべて合わせてもたったの7つ――これがもっと少なくなるまでに、どれほど時間がかかるというのだろう?

そもそもの始まりは、罪がないといっていいものだった。20世紀初頭の若き興行主たちは企業を設立するにあたって、創作における野心と商売における目利きとを融合させていたものだ。その後それらの企業が成長するにしたがって、誕生時に興行主的ビジョンを掲げていたあらゆるものが希薄になってゆき、時代遅れのものとなっていった。さらに、企業の会計係が他の企業の合併や買収を提案するようになった――そしてすっかり、現実社会で行われるモノポリーゲームになってしまった。

インターネットや「ニューテクノロジー」が登場すると、会計係は次なるビッグアイデアとして一極集中を掲げた――すなわち、「コンテンツ」プロバイダと「アクセス」プロバイダとを統合して「文化的製品」を出発点から完全にコントロールし、疑うことを知らない大衆による製品消費量を最大限にしようというのだ。


The Art of Manipulation - 操縦術

その過程で何が失われるかについては、想像に難くない…… 創造性。芸術性。独自性。批評の客観性。コントロールに縛られないアクセス。文化の垣根を「打ち破る」能力。文化の多様性。革新。自由。真の音楽。真の芸術。

芸術と商業のバランスを取って両立させるというのは、条件が整っていても細心の注意が必要となる…… そして、現在条件が整っていないということは明らかだ。

最近、10ページ・フルカラー見開きで最新の大作映画について「レポートする」雑誌と称するものがある――レポーター氏は、その映画の製作会社が彼の所属する雑誌も所有していることに気づかないでいるかのようだ…… よろしい、これはなおも「雑誌」と称するものだ。彼らはなおも「レポーター」と称するものだ。そしてこれはなおも「ジャーナリズム」と称するものだ…… それでも、何百万という人々が行っているのは、自ら大喜びで捕捉されようとすることなのだ。

そうであれば、私たちがこれを「芸術」と呼ぶことは止めるべきだし、「娯楽」と呼ぶことさえもおかしいのではないか? 集団催眠に巻き込まれることの何が楽しいのだろう? 私たちはこれを実際の在り様、つまり、手枷まではされていない操縦術とでも呼ぶべきではないのか?

1995年当時、Clear Channel Communicationsは43のラジオ局を所有していた。その数は現在1,200以上になっている――そしてその「独立プロモーター」などと呼ばれている部隊は合法的賄賂を駆使して、ラジオで何が聴けるかを(あるいはむしろ、何が聴けないかを)決定付けようとしている。

どこを見回してみても、話は変わらない。さらに多くの金、さらに少ない選択、さらに少ない自由、さらに少ない企業。人々が大きく姿勢転換してこの商業的不遜を自滅や崩壊に仕向けるまで、どれだけこの状況が続くのだろうか?


Power Struggles - 勢力争い

もちろんこの高度集中化された企業世界の大きな亀裂、その最初のものは既に現れはじめていて、過去数ヶ月の間にヘッドラインを飾ったりした。すなわち、世界でもっとも強大な国の経済を揺さぶれる程の途方もない金額が関係するずさんな会計業務がそれだ。当然ながらヒステリー気味の株式市場はこのニュースを受けて揺さぶられ、それによって保有する株が上昇すると信じて疑わなかった数万人に上る世界中の労働者たちや無数の個人投資家たちが犠牲になった。

現在AOL Time Warnerの株価はAOLとTime Warnerが合併した当時の1/4になっていて、この下落は今年の初め同社に540億ドルの評価損を計上させることとなった。そして現在、この会計業務もまた捜査の対象になっている。Vivendi Universalにまつわる話も同様だ。Disneyのシェアは8年前の水準にまで落ち込んでいる。そして人々は、どこでも問題は同じと確信するにいたっている。日々の労働のリアリティや人間の創造性の本質といったものとは完全にかけ離れたものになってしまった大コングロマリットならどこでも問題は同じ、ということだ。

それに加えて人々は、多国籍の怪物を規制することになっても政府には力が――あればの話だが――ほとんど残されていない、ということについてもよく理解している。遵法精神を持つ一般市民を規制する場合においては、政府はずっと大きな力を持っている――彼らはその力を、コングロマリットによるコントロールの大きさから人々の注目をそらす目的で使用/濫用しており、そのコントロールは、私たちが何を聴くことができるか、さらには見る、読む、食べる、飲む、買う、その他の「自由」市民の一般的経験として世界的に通ずる行動、そういったことに及んでいるのだ。

この争いをもっとも強く感じ取れる分野の一つは、いうまでもなくオンラインの世界――いまだ幼年期にありながらもここ10年での爆発的成長はすべての人に衝撃を与えた、無秩序に広がりつつある無政府的コミュニティ――だろう。そして、大きな物議を醸している「ピアツーピア」ファイル共有問題とそこから派生するデジタル諸問題以上に、政府、大企業、個人の権利、この3つの間の争いを典型的に示すものはないだろう。


A Nation of Thieves? - 盗人国民?

メディア/テクノロジーの巨人たちは、最近の株式市場の低迷から立ち直るだろうか? おそらくは立ち直るだろう――しかしそれは、どんなコストのもとに? ほとんど間違いなくそのコストは、それら企業の従業員や顧客に対してこれまで以上に根深い疎外感を与えることになる、さらなる「リストラ」、さらなるレイオフ、さらなる重役の入れ替えとそれに伴う破格の退職手当という形をとるだろう。そしてこれは周りまわって、彼らが違法であると主張し刑法で罰すことを望んでいる行動そのものをさらに活気づけることになるだろう――彼らが保有しているわけでもない資本の泥沼に不用意にはまり続けることについて、彼ら自身の刑事免責が守られている限りずっと。

Napsterは破綻し、インターネット小史のなかの一章として幕を閉じることになるだろうが、まったく正反対に、その死はピアツーピア(P2P)ファイル共有の衰退を反映するものには決してならない。むしろ、P2Pはさらに成長している――完全分散型に向かいつつあることによって、その重大性を量るのは容易ではないが

しかしながら、P2Pが音楽製作に実質的な不利益をもたらすということについてレコード業界は、数多くの反論もむなしくアーティストの努力という意味でも商業活動という意味でさえも証明できていない、ということは確実にいえる。たとえば、音楽CDの売上はNapsterが最高潮にあったころ実際に増加し、Napsterが突然閉鎖されたに減少した、ということは記憶に留めておくといいだろう。ファイル共有はレコード産業に損害を与えている「はずだ」と考えるエコノミストたちが、起こってもいないことを言い立てて疑念を表明していようとも。

さらに重要なことは、大いに尊敬を集めている多くのアーティストが企業の拝金主義に反対するインターネットユーザー側の立場を取り、新たな道を切り開く目的で実際にインターネットを活用している、ということだ。それによって彼らは捕らわれの身でない合法的なオーディエンス、つまり真の音楽愛好家に向かって彼らの音楽を配布し、手を差し伸べるようとしている。

もちろんこれは、ファイル共有のあらゆる形態が等しく無害だ、ということを意味しない。人々がインターネットをラジオの代用品、すなわち未知の音楽を発見する手段として使うのなら、アーティストの作品をプロモートすることに役立つ可能性があるのは間違いないだろう。しかし、曲をインターネットからダウンロードし、その複製CD-Rを作成して、校庭で5ドルで売りさばく幼い中学生がいるというなら、それはオリジナルCDの売上に損害を与えるし、アーティストに対して失礼というものだ――レコード業界にいるすべての重役や中間業者が取り分を取ったあとでアーティストが実際に受け取るCD実売価格の一部がいかに小さいか、そういったことを抜きにすればの話だが。

しかし本当に、芸術の真価を認識しようとしない「盗人国民」を生みだすことにデジタルテクノロジーが荷担している、とまで言いきれるものなのだろうか?


Protecting the Product - 製品保護

まず、レコード業界自体が芸術の真価の認識について筆頭に上げられるには程遠い、ということは注目に値する。それどころか業界は一貫して、多くのアーティストから彼らのもっとも基本的な権利を奪うことができるように奮闘してきた。業界は、ポピュラー・アーティストがアルバムを何百万も売ろうとも破産するような状況を許していた。業界はアルバム売上からのアーティストの取り分を、売上による実際の利益のばかばかしく小さい割合に抑えてきた。業界は一貫して、真の音楽芸術性を犠牲にして商業的音楽製品を推し進めてきた。

これではレコード業界に、芸術の真価を認識することについて説教する資格があるとはいえない。

また、業界の巨人たちの一番の関心事であると思われる文化製品とは既にもっとも人気を博しているものであり、コピー保護がなされているか否かに関わらず数百万枚売れるであろうアイテムを中心にCDコピー保護が試験的に使用されている、ということに注目しても面白いだろう。

一方で、ほとんどの市民が本当に、芸術の価値や作品に対しての適切な対価をアーティストに支払う必要といったことついてまったく関心を払っていないのだろうか? これまで言及してきたが、もう一度言おう――デジタルテクノロジーおよびP2Pファイル共有の台頭は、人々が持っている芸術やアーティストへの本質的な敬意とはほとんど関係がない。それは実に、本物の芸術やアーティストへの敬意を犠牲にしてより商業的で高利益の製品を一貫して推し進めてきた、巨大産業コングロマリットのシニカルな態度に関係するものなのだ。

人気TV番組の最新話やポップスのヒット曲をデジタルコピーできなくするだけの後ろめたさを人々が感じていないのなら、それはまさに、業界の巨人たちがそれら作品の実際の芸術的価値をほとんど、あるいはまったく考慮することなく純粋な商業製品に仕立てあげることに成功したことによるものだ。それはまさに、それら企業が芸術作品を犠牲にして商業製品を一貫して推し進めてきたことによるものだ。

実際の芸術作品は、このとてつもなく利益最優先の業界の亀裂から今もなんとか染み出てきてはいるが、そのことは、これまで業界を突き動かしてきて今なお突き動かし、これまで以上にのものとなっている基本的公式に何ら影響を及ぼさない。すなわち、芸術=金、アーティスト=金儲けの種、芸術愛好家=消費者という公式だ。

芸術形態の一つとして業界に評価されている音楽がいかに少ないか、その簡単な例を挙げよう。過去録音されて現在入手できる音楽は20%ほどでしかないと見積もられている――そしてその20%のうち、音楽愛好家が実際に容易に入手できる割合はどれほどになるだろう? SoundScanのアルバム・チャートで現在トップ100に入っていないものの割合はどれほどになるだろう?

芸術愛好家の本能的な反応とは(それが音楽、TV番組、映画あるいは他の形態であれ)、業界が彼/彼女を芸術の価値がわかる人として敬意を払わなければ、彼/彼女が業界を芸術の調達人として敬意を払う理由なんてない、そういったものであるとしか見えない。文化的製品とやらをデジタルコピーすることで多くの人々が露呈しているのは彼らの、芸術やアーティストに対する敬意の欠如ではない。芸術制作者と芸術愛好家の両方を犠牲にして芸術から利益を得るエンターテイメント業界のやり方に対して彼らが持っている――意識的な、あるいは無意識の――不満なのだ。

エンターテイメント業界は、製品をくだらない低レベルのものにすること、アーティストを搾取すること、利益最優先の選択や決定をすること、現実社会の一般的な人々とかけ離れた不愉快な補償金と法的な免責を彼らの同類に与えること、そういったことを行って徐々に自身をシニカルに変えてきた。業界の商業製品の消費者は、それと同じようにシニカルになっているだけなのだ。


Don't Get It Twisted - ごまかされるな

とはいうものの、産業コングロマリットにとってファイル共有とデジタル海賊行為の全体議論はとりわけ、彼らのいかがわしい商慣習と不審な協調関係から注意をそらすのに好都合な方法だ。

たとえば、Warner Music Groupはレコード業界の海賊行為撲滅運動に深く関わっているが、その親会社AOL Time Warnerは、世界中の無数のインターネットユーザーが利用するインターネットアクセスのプロバイダとしてファイル共有から直接収益をあげている、ということは注目に価する。AOL Time Warnerは、増えつづける会員の数(3400万でなおも増加中)と会員たちがオンラインで過ごす途方もない時間を繰り返し誇示しているが、そうであるなら、その成長の大部分がレコーディングアーティストに損害を与えるコンピューターファイルの「非合法な」交換に関係している、という疑念はないのだろうか?

言い換えれば、現在批難されている人たちが真の「盗人」であるとは限らない…… 現在の状況は私たちには、「盗人の国民」というよりも「盗人の選りすぐり」というほうがよほど近いように見える。

そしてこの窃盗の実際の犠牲者は例のごとく、レコーディングアーティスト自身に他ならない。AOLがインターネットアクセスプロバイダとして上げる利益から、彼らが分け前を受け取ることは決してない。それら利益の一部はもともと彼らが提供したコンテントにもとづくものであるのに関わらず。そして、実際の犠牲者には真の音楽愛好家も含まれる。探求したいと思う音楽の全範囲にアクセスすることについて彼らは既に制限を受けており、さらに技術的制限を受けようともしている。その技術的制限のもとでは、合法的に購入した作品の正当なコピーを個人で楽しむ目的で作成することも程なくできなくなるだろう。

間違えてはいけない。(TV、映画、音楽を含む)エンターテイメント業界は巨大かもしれないが、テクノロジー業界はさらに巨大なのだ。思い起こして欲しい。Time Warnerを買収したのはAOLであってその逆ではない、ということを。Sonyが電気・コンピュータ機器で上げる収益はレコード売上によるものよりはるかに大きい、ということを……。

もしテクノロジー業界が、購入物を合法的に楽しむことからユーザーを阻むような技術的制限措置を――懸念されているとおりに――実施するようなことになれば、その受益者となるのは、措置によって作品が「保護される」といわれているアーティストではないだろう。また間違いなくそれは、措置によって芸術の享受が制限される音楽愛好家ではないだろう。そうではなく単に、またもや……産業コングロマリットが享受者となるのだろう。そのとき彼らは、互換性のない次世代メディアやデバイスを用意して「技術の進歩」の名のもとに私たちに売りつけることだろう。


Conclusion - 結論

テクノロジー/エンターテイメント業界は、一晩での変化を期待するにはとにかく巨大すぎる。業界の巨人たちは、海賊行為を可能にするテクノロジーそのものの導入を顧客に勧める一方で、自身の悪行から人々の注意をそらして減益と商業的失敗の責任を海賊行為に押し付けることに尽力しつづけるだろう。非現実的な約束や、大きな数字とたくさんの細かい文字で埋めつくされた契約に幻惑されるアーティストも後を絶たないだろう。

しかしながら、実績のあるアーティストの大多数がシステムと完全に手を切ることは芸術/商業の両面において得策だと気づくまでに、どれほど時間がかかるというのだろう? 芸術家を志す若者の大多数がシステムの隷属的側面を認識するようになって入念な事前注意を受けなくとも注意深くふるまうまでに、どれほど時間がかかるというのだろう? そして、芸術愛好家の大多数が団結して上に挙げたようなアーティストたちに実際の、価値ある、合法的な、本当に熱心な、これまでとは違うオーディエンスを送り届け、芸術について見当外れの現在のシステムへの奉仕プロセスに終わりを告げるまでに、どれほど時間がかかるというのだろう?

それはすべて、私たちの手に――そしてあなたたちの手に委ねられている。

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 04時38分 |

2007年07月24日(火)

プリンスはなぜ新作CDを「新聞のおまけ」として配布したのか

アルバムを無料配布したPrinceの戦略(1)(WIRED VISION)
アルバムを無料配布したPrinceの戦略(2)(WIRED VISION)
プリンス、発売前のCDを新聞付録に 音楽小売業界「侮辱だ」(FujiSankei Business i.)
プリンスが新譜を新聞付録に 英音楽業界は猛反発(CNN.co.jp)
音楽業界に波紋!プリンスの新アルバムが英新聞の付録に(eiga.com)
プリンス ニューアルバムを無料配布(AFPBB News)
プリンスがUKでニューアルバムを無料配布! Sony/BMGは正規発売を中止に。(notrax)
プリンスの新作、オマケだけどチャート入りを申請(BARKS)
プリンスの新作、新聞のオマケにつくことで波紋(BARKS)
殿下ご乱心?Prince(プリンス)、新作『PLANET EARTH』を新聞付録で無料配布(doops!)

さてすっかりブログの書き方を忘れた俺ですが、リハビリもかねてこのあたりの話題から行きましょう。プリンスが今度発売するニューアルバム『Planet Earth』(日本だと今日発売ですね)を英国の人気新聞「Daily Mail」の日曜版「Mail on Sunday」紙の7月15売り号の付録として配布したという話。

↓これが前日に英国で放送されたCM映像。



「おーかっこいいなーこの曲!」と思った人はVerizon Wirelessがオフィシャルに提供しているYouTubeのPV映像をどうぞ。といっても、フルレングスではなく1分強の映像になってる↓


「んーフルでこの楽曲だけじゃなくて、アルバム全曲聴いてみたい!」と思った人は下記サイトにアクセスしましょう。

First Spin : Prince(MuchMusic.com)

こっちはアルバム全曲が聴けます。こっちはほとんどの曲がフル試聴できてフルじゃなかったりするものも1曲2分くらいは聴けるのでアルバムの内容は十分判断できますね。いやーネットの試聴は全部こういう形式にすりゃいいんだよな。レコード会社の公式サイトに置かれているWMAファイルへのリンクしか試聴を認めないとかそんなのを2007年にやってること自体が時代錯誤も甚だしいという。

全曲試聴して「こりゃ素晴らしい! もう買うしか!」となった人はAmazon様でご購入可能です。

Planet EarthPlanet Earth
Prince


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


US盤は2500円もする日本盤と比べてお得感が高いですね……という感じで何という自然な流れのバイラルマーケティング! SMEさんギャラは10万はてなポイントもしくは1万はてなスターでお願いしますね! いやーこれで俺もアジャ何とかネットにもアルファブロガーとして参加できるな(よく知らないんだけど、アムウェイみたいなもの? 違うよ、全然違うよ)。

とまぁ寒い冗談はさておき、日本盤は今日発売なんだけど、Amazonだとすぐ買えないしジャケット画像すらない有様。この騒動で日本のSMEJが売る気なくしちゃったのかねぇ。あ、僕はさっくりUS盤買いました。

相変わらず長い前置きの音ハメのエントリですが(いや、書いててまさにこれが音ハメだと思った!)ここからが本題。なぜプリンスはこんなことをしでかしたのか。

と、その前に多分あれだけ参考リンク最初に貼ってもきちんとリンク先に飛んで読む人はほとんどいないだろうから、一応あらかたの事実関係を解説しておこう。

ポイントを箇条書きにすると

●「Mail on Sunday」の価格は1.4ポンド(約350円)。7/15号はこの価格で『Planet Earth』が付いた。

●プリンスはこのアルバムの発売に合わせて英国ロンドンの「O2 Arena(以前Millenium Domeと呼ばれていた場所ね)」で8月と9月にライブ公演を行う。この公演チケット購入者にも『Planet Earth』は無料配布された。

●当のプリンスはこの行動に対して「これは直接的なマーケティングであり、これを行うことでたくさんの騒動を抱えている現在のレコード会社の投機的なビジネスに付き合う必要がなくなる」とコメント。彼の代理人も「プリンスは彼の音楽を聴きたいを望んでいる多くのファンに直接それを届けたいだけだ」という声明を発表している。

●「Mail on Sunday」の現在の発行部数は227万部。この号に関しては英国の大手CDチェーンHMVも特別に販売することを決定。発売後全国で300万部(300万枚)が流通したと見られている。

●英国では日本と同じで新聞がネットに食われてて部数がここ数年低迷してきている。こうした状況の打開策として以前のヒット曲を集めたCDや旧作の映画のDVDを新聞の付録として付けて販売する手法が盛んになっているそうだ。

●今回のプリンスの付録は『Planet Earth』に加えて、「パープル・レイン」「Kiss」「サイン・オブ・ザ・タイムズ」「ラズベリー・ベレット」といったプリンスの過去のヒット曲も含まれる、ベスト盤的要素もあるそうだ。

●英ガーディアン紙の報道によれば、Mail on Sundayは今回のCD配布にあたり、プリンス側にCD制作費、プレス、広告ライセンス料を払ったとされており、その総額は25万ポンド(約6200万円)とのことだ。ただ、CD制作費が「原盤制作費」なのかは不明。

●プリンスの行動に対してCD発売元のSony BMGと英国の小売店は大反発。イギリスのSony BMGは『Planet Earth』の発売中止を決定。英国の小売業者協会であるERA(The Entertainment Retailers Association)のポール・クワーク会長は「これまでプリンスのキャリアを支えてきたすべてのレコードショップに対する侮辱」とコメントし、以前プリンスが名乗っていたアーティスト名「The Artist formerly known as Pince(かつてプリンスとして知られたアーティスト)」になぞらえて「こんなことをしていたらプリンスは『Artist formerly available in record store(かつてレコード店で売られていたアーティスト)』になってしまうだろう」と皮肉を込めたコメントを発表している。

まぁこんな感じ。今までのレコード(CD)販売ビジネスの手法からしたら常識破りとも言える今回のプリンスの行動であるが、プリンスがインターネット黎明期から、ネットに対してどのようにコミットしてきたかを知っている人なら、あんま驚くことではない。「MP3」のフォーマットが普及してきた97年〜98年くらいにトッド・ラングレンやピーター・ガブリエルが「これからはレコード会社を通さず、アーティストが直販する」という感じでMP3の販売を実験的に行っていたが、プリンスもその可能性を模索していた一人である。

また、1999年にNapsterが登場してレコード会社やメタリカなど、多くのアーティストがNapsterを非難していたとき、早くからNapsterを好意的に評価していたのも他ならぬプリンスだ。

そして明確にレコード会社の在り方に「No!」を突きつけたのは2002年のこと。当時運営していたプリンスの公式サイト「NPG MUSIC CLUB」に「A Nation of Thieves?」という論文を掲載したのだ(現在は消去されている)。

この論文、実に刺激的な内容で読んだときに「すげー!」と思った俺はNPG MUSIC CLUBに「プリンス閣下のA Nation of Thieves?という論文が素晴らしいので、俺のサイトに翻訳したものを転載していい?」というメールを送った。そしたらすぐに「好きにやっていいよ」という返事が来たので、翻訳したものを音ハメ上に転載したんだけど、実はこれ、翻訳業者に3万円くらい払って作ったものなんだよね。翻訳した人があんま音楽業界に詳しくなかったっぽいことと、プリンス独特の言い回しが訳すの難しかったらしく、「翻訳の質が悪いよ!」と、いろいろなところから文句を言われるハメに……(このときyomoyomoと知り合いだったらまた違ったかもねぇ)。どうしようか困ってたらairheadさんという方が、もっと正確な訳で訳し直してくれてありがたい、あー自分のサイトの翻訳も差し替えようと思いつつ、忙しさにかまけて放っておいて数年……という。しかし、まさに今このタイミングこそ、2002年のプリンスの論文がウェブ上できちんと読めることに意味があると思うので、それは別エントリとして起こすので、ぜひこの論文は論文で読んでいただきたいと思う。

長い論文なので、キーポイントとなる部分を抜粋すると

この争いをもっとも強く感じ取れる分野の一つは、いうまでもなくオンラインの世界――いまだ幼年期にありながらもここ10年での爆発的成長はすべての人に衝撃を与えた、無秩序に広がりつつある無政府的コミュニティ――だろう。そして、大きな物議を醸している「ピアツーピア」ファイル共有問題とそこから派生するデジタル諸問題以上に、政府、大企業、個人の権利、この3つの間の争いを典型的に示すものはないだろう。

P2Pが音楽製作に実質的な不利益をもたらすということについてレコード業界は、数多くの反論もむなしくアーティストの努力という意味でも商業活動という意味でさえも証明できていない、ということは確実にいえる。たとえば、音楽CDの売上げはNapsterが最高潮にあったころ実際に増加し、Napsterが突然閉鎖された後に減少した、ということは記憶に留めておくといいだろう。

大いに尊敬を集めている多くのアーティストが企業の拝金主義に反対するインターネットユーザー側の立場を取り、新たな道を切り開く目的で実際にインターネットを活用している、ということだ。それによって彼らは捕らわれの身でない合法的なオーディエンス、つまり真の音楽愛好家に向かって彼らの音楽を配布し、手を差し伸べるようとしている。もちろんこれは、ファイル共有のあらゆる形態が等しく無害だ、ということを意味しない。人々がインターネットをラジオの代用品、すなわち未知の音楽を発見する手段として使うのなら、アーティストの作品をプロモートすることに役立つ可能性があるのは間違いないだろう。

曲をインターネットからダウンロードし、その複製CD-Rを作成して、校庭で5ドルで売りさばく幼い中学生がいるというなら、それはオリジナルCDの売上に損害を与えるし、アーティストに対して失礼というものだ――レコード業界にいるすべての重役や中間業者が取り分を取ったあとでアーティストが実際に受け取るCD実売価格の一部がいかに小さいか、そういったことを抜きにすればの話だが。

業界は一貫して、多くのアーティストから彼らのもっとも基本的な権利を奪うことができるように奮闘してきた。業界は、ポピュラー・アーティストがアルバムを何百万も売ろうとも破産するような状況を許していた。業界はアルバム売上げからのアーティストの取り分を、売上げによる実際の利益のばかばかしく小さい割合に抑えてきた。業界は一貫して、真の音楽芸術性を犠牲にして商業的音楽製品を推し進めてきた。

デジタルテクノロジーおよびP2Pファイル共有の台頭は、人々が持っている芸術やアーティストへの本質的な敬意とはほとんど関係がない。それは実に、本物の芸術やアーティストへの敬意を犠牲にしてより商業的で高利益の製品を一貫して推し進めてきた、巨大産業コングロマリットのシニカルな態度に関係するものなのだ。

実際の芸術作品は、このとてつもなく利益最優先の業界の亀裂から今もなんとか染み出てきてはいるが、そのことは、これまで業界を突き動かしてきて今なお突き動かし、これまで以上のものとなっている基本的公式に何ら影響を及ぼさない。すなわち、芸術=金、アーティスト=金儲けの種、芸術愛好家=消費者という公式だ。

芸術形態の一つとして業界に評価されている音楽がいかに少ないか、その簡単な例を挙げよう。過去録音されて現在入手できる音楽は20%ほどでしかないと見積もられている――そしてその20%のうち、音楽愛好家が実際に容易に入手できる割合はどれほどになるだろう?

こんな感じ。もう何だろう、いちいちもっともで、この論文見るとスティーブ・ジョブズのThoughts on Musicが子供だましに見えてくるよね。スティーブ・ジョブズがiTunes Music Storeを始める1年前、Thoughts on Musicが書かれる5年前にこれだけのことを的確に指摘して、その後の過程見ると、ほとんど彼が予想した音楽業界を巡る本質的な部分というのは変わってないわけだから。

個人的に論文の中で一番大きなポイントだと思ったのは以下の部分。

芸術愛好家の本能的な反応とは(それが音楽、TV番組、映画あるいは他の形態であれ)、業界が彼/彼女を芸術の価値がわかる人として敬意を払わなければ、彼/彼女が業界を芸術の調達人として敬意を払う理由なんてない、そういったものであるとしか見えない。文化的製品とやらをデジタルコピーすることで多くの人々が露呈しているのは彼らの、芸術やアーティストに対する敬意の欠如ではない。芸術制作者と芸術愛好家の両方を犠牲にして芸術から利益を得るエンターテイメント業界のやり方に対して彼らが持っている――意識的な、あるいは無意識の――不満なのだ。エンターテイメント業界は、製品をくだらない低レベルのものにすること、アーティストを搾取すること、利益最優先の選択や決定をすること、現実社会の一般的な人々とかけ離れた不愉快な補償金と法的な免責を彼らの同類に与えること、そういったことを行って徐々に自身をシニカルに変えてきた。業界の商業製品の消費者は、それと同じようにシニカルになっているだけなのだ。

ここの部分はCCCDに対するヘビーリスナーの忌避感や、コピーワンスを巡る心底下らないゴタゴタに対する明解な回答になっていると俺は思う。

消費者やエンドユーザーが業界のやり口や語り口に対して怒っており、さらにはクリエイターを盾にとって「自分たちをリスペクトしろ」とか言うから、こっちも腹立って「じゃーいいよ別にテレビなんか見ねーし、音楽も聴かねーよ!」みたいになると。お客さん失った業界が最終的にどうなるのかって話ですよ。別に権利者スーツの人たちが職失ったところで俺らには関係ない話だけど、でもそういう人たちのビジョンのなさによって自分たちが好きなアーティストなりクリエイターが巻き添えを食らうのはホント耐えられないっつー部分もあるよね。だからこそ、今までは一方的に資本持ってる従来のコンテンツ企業しかパトロンになりえなかったわけだけど、それをどうやったら消費者がまとめてパトロンになれるようなシステムを構築できるかってのが今後の大きなテーマになるんだとは思う。今求められているのは「CGM」ですよ。「Consumer Generated Media」ではなく「Consumer Generated Money」という意味のCGM。

ただ、もちろん今回プリンスがやったことというのは、単なるレコード会社に対する無謀なテロなんかではないってことは押さえておいた方がいい。

プリンスのCD無料配布における狙いは何か? シンプルに言えばそれは「レコードで収入を上げるのではなく、ライブエンターテイメントの収益を最大化する」ということだ。

8月と9月にO2 Arenaで行われるプリンスの公演は実は全21回にも及ぶ大規模なものだ。そして、報道によればCD配布が行われた7月中旬の段階で21回の公演のうち、15回分は発売から1時間以内にチケットが「完売」しているそうだ。これは間違いなくCD配布による効果であり、大規模ライブ公演のための「プロモーション」が成功したことを意味している。

O2 Arenaの収容人数は約2万人。21回すべての公演が完売すると、それだけで総売上は2600万ドル(約30億円)を超える。もちろん、もちろん、ライブの運営費用やら何やらがあるからそれがすべてプリンスの手元に残るわけではないが、21回同じ場所で公演を行えばその分音響や照明といった機材の使い回しがしやすいというメリットもあって、コストを効率化できる部分も多い。

notraxの記事によれば、プリンスの前作『3121』はイギリス限定で約8万枚しか売れなかったそうだ。

今回の原盤制作をどういう形で行ったのか今イチ見えてない部分がある(Sony BMGが制作費出したのか、それともプリンス本人が出したのか、Mail on Sundayが全部出したのか、とかね)ので、何とも言えない部分もあるんだけど、従来の米国流で制作するならこちらのブログで書かれているように、米国では大体アーティスト印税として10〜12%を受け取り、そこから制作費やら、A&Rやら自分で雇った金額などの「コスト」を支払うことになっている。

話を分かりやすくするためにあえてシンプルに計算するけど、イギリスでの今のCDの売価は安いもので7ポンド(約1700円)、高いもので10ポンド(約2500円)前後。2500円のCDの印税10%(250円)×8万枚は2000万円の印税にしかならない。いくらレコーディングコストが安くなったからといって、これでは大した儲けとは言えないわけだ。

この流れで同じような条件でCDを英国からリリースしてせいぜい10万枚程度しか売れないくらいなら、最初からアルバムを無料配布してしまって、ライブの収益を最大化させた方が(30億円も売上が出れば、少なくとも数億円は手元に残るだろう)ビジネスとして理にかなっているし、プリンスが大嫌いなメジャーレコード会社を「不当に」儲けさせることもしなくて済む。さらにはライブという形で自分の音楽を愛してくれるファンと直接コミュニケーションを行えるわけで、まさにこれは一石三鳥とでも言うべき結果をもたらした。実に痛快でクレバーな判断であり、これを狙い通り成功させてしまうあたりが、プリンスの凄さなのだろう。

俺は未だにCDたくさん買ってるし、レコード会社を中心とする従来型の音楽産業にそれなりの意味と、ある種の郷愁を持っているが、レコード会社と小売店だけが「音楽不況」という妄言を声高に叫んでいる今の状況に対しては「もうそういう時代じゃないでしょ」ということをしっかり認識してもらいたいと思っている。

ライブビジネスはCDの売上がピークだった98年移行も確実に伸びているし、消費者の音楽に求めるプライオリティーも変化しているわけだ。「音楽はライブが命」なんて陳腐なことを言おうとはまったく思わないが、MySpaceでの成功事例なども含め、ライブという付加価値をうまく使った新しい音楽ビジネスの萌芽が出てきているわけである。状況は混沌としているが、間違いなく言えることは「音楽ビジネス=CDビジネス」という時代が終わったということだ。プリンスの今回の「行動」と「成功」は、1つの時代の終わりを告げる象徴的な出来事であり、今後音楽業界がどこに向かうのか示す1つのメルクマールとして多くの人に記憶されるのではないだろうか。





……いやーこのエントリが『CONTENT'S FUTURE』のプロモーションの一貫として作成されたということをすっかり忘れて長くなってしまいましたよ(一度エントリ書き上げて保存して、あとで思い出して最後の広告付けたという)。

CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティCONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ
小寺 信良 津田 大介


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『CONTENT'S FUTURE』で語られている内容は僕や小寺さんが発言した内容だけでなく、取材対象者の方のさまざまな発言で、このプリンスの論文とリンクしてくるところがあると思います。この論文を「うんうん、なるほどそうだよね」と思って読んだ人は恐らく『CONTENT'S FUTURE』も楽しく読めることでしょう。8月2日は本屋に行ってぜひ本書をお買い求め頂ければと思います!

| 音楽業界全般 | この記事のURI | Posted at 23時30分 |

2007年07月22日(日)

新刊『CONTENT'S FUTURE』が発売されます&トークショーやります

いやーすっかりブログも更新しなくなって、オメガブロガーぐらいの影響力しかネットで持てなくなった(皆さん日本のブログ黎明期に行われた悪い意味で伝説のイベントBlog of the Yeah! 2003を覚えてますかあの頃からドリコムの凄さはあらゆる意味で際だってましたねまぁそれはいいとしてこのアワードで音楽配信メモは審査員特別賞をもらったりしていたのです実は歴史のあるブログなんですよ)僕ですが、こんな僕もヴァーチャルな世界wではなく、リアル世界では結構頑張っているんですよ。

ということで、この春から小寺信良さんと一緒に作っていた単行本がようやく完成し、8月2日(一部書店は8月1日に並ぶみたいです)に発売を迎えることとなりました! 『CONTENT'S FUTURE』という本です。

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小寺 信良 津田 大介


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2004年に『だれが「音楽」を殺すのか?』という書籍を出して以来、コンテンツ・メディア論的なことは雑誌連載やら、ウェブ記事などに細切れで発表してきた僕ですが、ようやく音殺以来まとまった形でコンテンツ・メディア論を書籍の形でまとめることができました。苦労して作ったということもありますがなかなかの自信作です。

内容は以下の通り。

「ネットトラヴェラーズ200X」シリーズ 最新刊

■書名
コンテンツの未来を探る対話集
CONTENT'S FUTURE
コンテンツ・フューチャー
〜ポストYouTube時代のクリエイティビティ〜

■著者
小寺信良(攻)× 津田大介(受)

■仕様
A5判×312ページ
定価 2,205円(本体価格 2,100円+税)
発売日 2007年8月1日
ISBN:978-4-7981-1401-9

■内容(掲載順)

▼土屋敏男氏(第2日本テレビ エグゼクティブ・ディレクター)
ネットでしかできない表現コンテンツモデルを探せ!

▼草場大輔氏(東京MXテレビ 報道制作局ディレクター)
ネットとテレビは決して融合しない
でもネットは今テレビを救っている

▼西谷清氏(ソニー ビデオ事業本部長)
ソニーはコンテンツを再び開放できるか?
「ロケフリ」が起こす伝送革命

▼長谷川裕氏(TBSラジオ「Life」プロデューサー)
変わり続ける音声コンテンツの未来の姿を探して

▼椎名和夫氏(音楽家、実演家著作隣接権センター運営委員)
クリエイティビティとテクノロジーの複雑な関係

▽小寺信良×津田大介 対談 SIDE A
放送と通信とユーザーを「アーカイブ」がつなぐ

▼遠藤靖幸氏(価格.com マーケティング部)
国内最大級CGMサイトの真実
コンテンツになるクチコミ

▼江渡浩一郎氏(産業技術総合研究所 研究員)
CGMやウィキでアートは作れるか?
天才は探し出せるか?

▼中村伊知哉氏(国際IT財団専務理事、慶應義塾大学教授)
日本の大衆の強みをどう引き出すか?
「融合」政策の過去・現在・未来

▼松岡正剛氏(編集工学者、編集工学研究所)
セルフエディティングがないかぎり、
情報の海は何の役にも立たない

▽小寺信良×津田大介 対談 SIDE B
コピーは記憶への投資で、文化を守るための保険

元々は小寺さんと僕がかつてITmediaでやっていた対談を新たに起こそうみたいなコンセプトでスタートした本だったんですが、打ち合わせしている内に二人だけで話すより僕らがコンテンツの現場でメディアを創るという視点から「未来」をいろいろ考えていらっしゃる皆さんに話を聞きに行った方が話も広がるし、おもしろい視点もたくさん提示できるんじゃないかという方向性になって、こういう体裁の本になりました。だから、この本は「対談本」でもないし「鼎談本」でもないし、「インタビュー集」でもないんです。僕自身はあとがきにも書きましたが、コンテンツを考える上での「教科書」もしくは「副読本」を作ったという気持ちでいます。で、完成した今は、その目的はある程度は達成できたなとも思ってます。

本の作り方もアウトプットもネット時代の今だからこそ、新しいやり方を模索したいということで、結構変わった感じになってます。こういう対談本って、通常はテープ起こしした内容を編集者やほかのライターが構成して、対談した者は著者校正という形で発言内容の確認だけ行うというのが基本なんですけど、ITmediaに以前掲載された対談記事のとき、小寺さんも僕もガリガリ構成してくれた編集さんがまとめてくれた内容を編集していく方だったので、これはそういう対談編集の部分も我々著者がフルコミットした方が良いんじゃないかという話になりました。なので、小寺さんは土屋氏、草場氏、西谷氏、遠藤氏。僕は長谷川氏、椎名氏、江渡氏、中村氏、松岡氏という感じでそれぞれ担当を決めて、鼎談構成と司会進行を行ったんですね。

で、鼎談のテープ起こし上がってきたら、それを本書の担当編集者が粗構成して、そこから小寺さんと僕がお互いの発言には触れない形で鼎談という形に本構成して、それをGoogle Docsにアップロードしてお互いに編集していくという方式で原稿を作っていきました。Google Docsは編集した部分を差分として残してくれるので、元の状態に戻すことも簡単ですし、誰がどのような編集を行ったのかがすぐにわかるというメリットがあるわけです。まぁそんな「鼎談構成2.0」みたいな感じで本を作っていったので、作業的には自分で新書一冊分の原稿を書き下ろすくらいの手間はかかりました。でも、そういう複雑なプロセスを経たことで濃い内容に仕上がったという手応えもあるかな。

小寺さんも僕も基本的には、現状のコンテンツを取り巻くコピー制限とか、コンテンツ政策がどうあるべきか、みたいなところの問題意識は近いわけです。二人が「今の日本のコンテンツ環境ってダメだよねー。もっと自由にコピーさせりゃいいじゃん」とか単にクダ巻いてるような内容にはしたくなかったし、自分たちがアウトプットする「コンテンツ」についても、きちんとこの本で語ったような形で結実させたかったという部分がありました。

なので、この本は僕の強い希望で商業出版物では結構珍しいクリエイティブ・コモンズライセンスを付けて発売させてもらうことにしました。ライセンスは「表示-非営利-改変禁止」です。

まぁ僕は常日頃から「消費者がコンテンツに興味持ってくれてる証なんだから、ちょっとくらいの違法コピーくらい大目に見なよ」とか「多くのクリエイターにとって、一番の喜びは多くの人に作品が享受されること。商売にならなきゃ食っていけないけど、でも実際それを一番大きいプライオリティーにして創作してる人は多いよね」とか、コンテンツホルダーの人にとってはふざけるな的なことをいろいろな場所で(それこそ文化審議会でも)言ってるから、多分いろいろなところに敵がいるような気もしないでもないのだけど、せめて言ってることとやってることはきちんと一致させたいとも思うので、このブログは2002年1月に開設したときから無断転載や雑誌掲載、何なら勝手な商用利用まで含めて認めてきたわけです。

そうじゃないと、「共有を強制するような言説をするフリーライダーは、赤い共産主義者であり全体主義者でありプロレタリア独裁であり、消費するだけのわがままロム野郎だ。そしてそういう奴に限って自分はクリエイティブコモンズ宣言をしてなかったりする。」とか言われちゃうしね!(あ、でもこの人今僕がサブパーソナリティーとして出演させてもらってるTBSラジオ「Life」のリスナーさんなんですね。ありがたい話です。僕は彼のブログに書かれている意見にはことごとく首肯できないけど、彼みたいな考えを持ってる人とか、フリーライダー的自分勝手な消費者に嫌気がさしてる徳保さんみたいな人にも、この本は読まれて欲しいと思うな。反論上等ここから始まるコンテンツ議論があっていいよね、みたいな感じですかね)

ネタばらしをすると、実は『だれが「音楽」を殺すのか?』出版したときも、本当はクリエイティブ・コモンズで出したかったんですよ。散々本文でユーザーのコピーを狭めるような音楽業界の硬直化を批判しておきながら、奥付では「本書の一部または全部について(ソフトウェアおよびプログラムを含む株式会社翔泳社から文書による許諾を得ずに、いかなる方法においても無断で複写、複製することは禁じられています。」と書いてあることの情けなさというか脱力感といったらもう……。実際、円堂都司昭さんから鋭いツッコミを受けたりもしました。

これは完全に俺が悪くて、「そういえばこんな本出すのに、奥付で厳しい著作権表示するのはどうなの?」と気付いたのは、発売日のほぼ3週間前みたいな状態で、担当編集の毛利さん(もちろん、CONTENT'S FUTUREの担当編集でもある)に、「この本クリエイティブ・コモンズで出せませんか?」と聞いてみたら、「いや、それは弊社法務通さないといけないし、発売日考えると現実的に無理です」という至極まっとうな回答が返ってきて断念せざるを得なかったわけですね。俺の原稿仕上がるのがそれこそあと1〜2週間早ければ、あの本もクリエイティブ・コモンズとして発刊できたので、そういう意味では今回翔泳社の法務も納得する形で本書をクリエイティブ・コモンズにできたのは、もうまさに「江戸の敵を長崎で」みたいな感じで感慨深いものがあります。

で、本書発売を記念して正式発売日の8月2日(木)に東池袋の「リブロ東池袋店」(トヨタアムッラクスビル横)で、小寺さんと僕のトークショーを行うことになりました。

●小寺信良×津田大介 コンテンツの未来を探る対話集
『CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ』出版記念 載せられなかった危ない話〜“CONTENT'S FUTURE" アウトトラックス

AV機器やテレビ放送など映像メディアのジャーナリスト小寺信良さんと、音楽とネットと著作権問題のオーソリティ津田大介さんによる共著『CONTENT'S FUTURE』翔泳社刊の出版を記念して、変革の時代を迎えたコンテンツとメディアの未来を探る対談形式のトークショーを開催します。

『CONTENT'S FUTURE』には収録できなかったキワドイ話題や、時事性の高い最新のトピックスを取り上げ、放送とネットが対立から融合へと激動する2007年、メディア・コンテンツ・クリエイターが抱えるさまざまな問題を浮き彫りにします。ライブならではのオフレコギリギリぶっちゃけトークにもご期待ください。

開催日時:8月2日(木) 午後7時スタート9時終了予定
開催場所:リブロ東池袋店内 カフェリブロ
募集定員:60名
参加費 :2,000円(ワンドリンク付)
申込み方法:リブロ東池袋店まで今すぐお電話で
03−5954−7730

この本、かなりページ数は多く文字量も詰め込んでるんですが、それでもカットした内容がたくさんあるんですよ。皆さんにインタビューしにいったとき、大体平均で2時間くらいずっと濃い話をしたので、それを文字起こしするだけでもかなりの量になって泣く泣く落とさざるを得なかった話も多いんです。トークショーではそういう話もしつつ、ライブイベントなのでコンテンツ業界にまつわるいろいろな身も蓋もない話とか、ブログレポート禁止(笑)の際どい話題とかも刺されない程度にできればとは思ってます。

と、ここまで宣伝オンリーで長文エントリを書いたわけですが、もうすっかりオメガな僕のブログですからあんま目立たない可能性もありそうですよね実際。なので、今回の発売記念キャンペーンとして、これから毎日発売日まで本書の内容に関連する長文のエントリを更新していくということをここに宣言します!!

フジロック行けるのかとか、そういうのっぴきならない状況はありますが、頑張りますよ! コンテンツに興味ある人は絶対に読んで絶対に損はしない内容になったという自負はありますので、皆さんぜひご購入いただき、時間あったらぜひ8月2日のトークショーにも遊びに来てくださいませ。

| お知らせ | この記事のURI | Posted at 21時34分 |

2007年07月04日(水)

そろそろMYUTA裁判について一言いっておくか

大きめの仕事が立て続けに大詰めを迎えていて、サイトを更新する暇もないけれど、わたしは元気death!

例のMYUTA裁判、ちゃんとエントリ起こそうかと思ったけど、ブログには書いてる暇もなく、商業媒体で書きましたよ。

今売りの「Mac People」の連載と、10日売りの「INVITATION」誌の連載に原稿書いてます。


早くこういうくだらない裁判がなくなるといいね。本質的にこういう裁判で幸せになる人は誰もいないわけだから。

| 著作権 | この記事のURI | Posted at 18時18分 |

2007年06月01日(金)

カスタマイズ音楽ポータル「ナタリー」スタッフ募集のお知らせ

最近告知ばっかであれですが、また告知です。5/25の募集とは別口、というかこれは僕が企画開発に参加してる「ナタリー」のスタッフ募集になります。

「ナタリー」を運営する株式会社ナターシャでは、事業拡大に伴い、編集・ライティングスタッフおよび編集アシスタントを募集いたします。

【募集職種】
・編集者
・ライター
・編集アシスタント(アルバイト)

【募集人員】
各職種とも若干名

【仕事内容】
・編集企画・制作
・ナタリーおよび各種媒体の記事執筆・制作
・制作にまつわる雑用全般

【勤務地】
東京都世田谷区(下北沢)

【勤務時間】
・10:00〜19:00(アルバイト)
・必要に応じて残業あり、ライブ早退は応相談
・編集者・ライターは裁量労働制になります

【待遇】
・週休2日制
・試用期間あり
・能力に応じて昇給・正社員登用あり
・給与は経験、業務形態など相談のうえ決定いたします

【応募条件】
・年齢18歳以上
・東京近郊在住
・弊社(下北沢)での面接に来ることができる方

【応募方法】
まずはinfo@natasha.co.jpまでメールにてご応募ください。折り返し詳細をご連絡いたします。※メールの件名を「スタッフ募集申し込み」にしてください。

3職種募集しておりますが、もっとも強く募集したいのは、音楽コンテンツ、もしくは一般的な雑誌などのの「編集」に携わったことがある編集者です。興味がある方はぜひぜひご応募くださいませ。

応募多数のため、一旦応募受付を終了させて頂きます。また募集があるときは再度告知いたしますのでよろしくお願いします。

| お知らせ | この記事のURI | Posted at 05時12分 |

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